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マルセル・デシャンについて教えて

1 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/04(水) 20:07
前に1度見て興味があるので誰か教えて。

2 :John Cage:2001/07/04(水) 21:43
マルセル・デシャンについてなのも語りたくない。

チェスがうまいらしい。

3 :名無しの笛の踊り:2001/07/04(水) 23:01
Marcel Duchamps = 普通に表記すれば、
マルセル・デュシャン。

4 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/04(水) 23:38
1 = 2 = おバカ。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/05(木) 00:05
>>4
1 = 2 = チンパン・レベル = みっとも・おバカ。

先輩どうでしょうか?

6 :2だ:2001/07/05(木) 00:17
 1をコピーしたから間違えたと言い訳をしてみる。

ヂュシャン  デュシャン

7 :名無しの笛の踊り:2001/07/05(木) 01:27
>>6
「なのも」は、どう言い訳する?

8 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/05(木) 01:31
>>7
激しく藁た

9 :p:2001/07/05(木) 09:54
ディディエ・デシャンはサッカー選手。
元フランス代表のキャプテンです

10 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/06(金) 17:17
>>5
うん、君はなかなかスジがいい。 その調子で日々精進したまえ。

>>1 + 2
やっちまったネーー。 

どこでデュシャンを聞きかじったか知らないけど、東北地方の年寄りから聞いたの?
君達“欲ボケ販社”には元々縁のないアーティストだよ。 ついでに J. Cage まで
出して、元々持っていない見識を披露しそこなちゃって・・・・・・ この始末!!

まるで、「ヨーイ・ドンのスタート直後に、ケッ躓いて頭打って、ついでにオナラが
プーーーーゥ(尾っぽ付きオナラ)」みたいじゃない。

ぼくはこれを “チンパン君のデシャン事件” と命名しました。

>>6
ハジの上塗りでした!!

11 :/0:2001/07/06(金) 23:31
デシャンはヌーヴォー・レアリストの一人ですが

12 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 00:09
>>11
はあーーー!

13 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 01:48
>>11
ネタだよね?
本気で書いたわけじゃないよね?
もし本当にそう記憶してるなら、今すぐ便器に流されろ。

14 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 01:58

>>13

   もしかしたら面白い成り行きが期待できるゾ。 

          みんな、シいーーーーーーーーーーーーー。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 02:15
>>11
デュシャンはシュルレアリストだよ。

16 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 22:51
デュシャンにイズムは関係ない

17 :its:2001/07/08(日) 03:03
>>15
デュシャンってキュビスムやダダイスム、シュルレアリスムと関わりは
持ってたけど、その運動(ダダ、シュール)には参加してないよ。どれも
距離をおいてた。というか、逆にダダ、シュールの方が影響受けてた面も
あるような気がする。その意味で孤高の芸術家であるし、>>16氏の意見
に同意です。

18 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 03:15
下等動物の皆様へ

あなたがたのコンビニ的知性とは一切無関係な話題に
関心を持つのは止めましょう
不毛です
どうせ「AはBである」ないし「AはBではない」のような、
最も低レベルかつのロジックしか
持ちあわせていないでしょうし、
低解像度の眼力しかないのに
他者よりも優位に立とうとする欲だけは発達していて、
実際には話題の内容に関する区別も出来ない
そのようなあなた方の思考にも生活にも、
マルセル・デュシャンはまったく役に立ちません
と、ここまで書いてみたけれど、
皆さんには何のことやらさっぱり判らない筈なので、
もう何も申しません
勝手にやってください

19 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 03:22
18について

最も低レベルかつのロジック→最も低レベルのロジック

1の方への答えとして

石に話すことを教えろ

20 :its:2001/07/08(日) 03:58
>>18-19
それって俺に対していってるんだね。
悪かったよこのスレの空気読まんで。
謝るからマッタリと続けてください。

21 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 17:40
>>11
G屍ard Deschampに引っかけた積もりが、マイナーすぎたな

22 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 21:03
出川しゃん・・・

23 :itsさまへ:2001/07/09(月) 00:17
18-19 です。
私の書き込みはあなた個人を対象にしたものではありません。
マルセル・デュシャンを芸術ないし美術の文脈においてのみ
捉えようとする姿勢を崩そうとしない傾向全体に対して
このBBSに相応しい下品な言い回しで不満の意を表明するものです。
よってits氏個人には誤解を与えたことをお詫び致します。

しかし定規というものは、
ある長さを計るために、
その長さの方向に対して、
直交する刻み目を施すものですが、
この刻み目を数えることと、
その長さとの間には、
実はいかなる関連性も存在しない。
定規とは安心のための装置に他ならない。
それにも関わらず、
我々はじつに多くの定規に取り囲まれており、
その茂みの中に安住している。
これは許し難いことです。

24 :18-19:2001/07/09(月) 01:08
ひとつの定規を振りかざして………

あることは常識に
別のことは神秘に
分類することの傲慢

おろかにも
単に習い覚えた中古の技術で
闇雲に造り出すことを
至上の使命と妄信する作家の皆様や

評価すること自体の意味を確かめもせず
劣悪な感想文をだらしなく吐き出し続けるか、
さもなくば外来語と熟語の並び順にばかり気を使う
有能な批評家の方々の厚顔無恥

こんな輩はどのように死んでも決して可哀想ではない。

25 :18-19:2001/07/09(月) 01:12
何故ならば………
彼等は生きる経験を持ち合わせていないから。
彼等は種々雑多な子宮から一歩も外に出ない。

26 :18-19:2001/07/09(月) 01:15
またさらに、
木の実もサナギも
小石に分類して
平然としているかのような
学芸員諸氏、
君たちは予め抜殻だ

27 :18-19:2001/07/09(月) 01:18
馬鹿な企画展にうつつを抜かしている間にも、
その肉汁は刻々と抜け落ちているということに、
何故気付かないのか?
君たちは犀よりも鈍感だ。

28 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 01:23
一体に、あなた達は
精々が「高尚な趣味」という
下劣な地点から一歩も脱することがない。

29 :18-19:2001/07/09(月) 01:33
君たちはマルセル・デュシャンを
20世紀美術史の文脈上に拘留して忘れ去り、
なおも安手の雰囲気主義に浸ろうとするのか。

その愚劣さに比べたら、
デュシャンをデシャンと書き損じることなど、
全く問題ではない。

30 :18-19:2001/07/09(月) 01:37
それをいうに事欠いて
なにが“チンパン君のデシャン事件”か!
恥を知れ。

31 :18-19:2001/07/09(月) 01:45
見ず知らずの人が表記を間違えたことが
そんなに嬉しいか?
そんなことでいい気になっている
お前の底の浅さが知れる

そういう態度で生きている奴には虫酸が走る 許せない
そういうのを下等動物というのだ
覚えておけ

32 :18-19:2001/07/09(月) 01:50
さて、ここまで書いたら私の気も晴れました。
皆さん、今までの調子で楽しく続けて下さい。
もう邪魔は致しません。
これにて失礼致します。

33 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 01:50

       ∧_∧      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      ( ●Д●  < 先生!見えません!
      /.|   |\    \___________
      / ∩  ∩ l
  __| |//  \ | __
  \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   \
  ||\            \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
     .||              ||

34 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 01:51
      ∧ ∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〜′ ̄ ̄(´ー`)< オマエの気さえ晴れればいいのかよ・・・
 UU ̄ ̄ U U  \_____________

35 :∵∝:2001/07/09(月) 02:06
精液でかいた絵あるね。関係ないけど

36 :∵∝ :2001/07/09(月) 02:16
>>18-19
ってZEROさんだろ。もしかして。憶えてるよ。懐かしい

37 :太郎:2001/07/09(月) 02:55
>18-19
荒らしを呼び起こしたあなたも下等だよ。

デュシャンは現代美術をつまらなくした張本人かと。

38 :18-19:2001/07/09(月) 03:05
現代美術?ナンセンス

39 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 03:08
そんなカテゴリーを持ち出すことでしか
ものを考えられないとは………

40 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 03:09
動く屍体か?

41 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 03:18
どんなことでも、
面白ければ「それでよし」とするつもりなのか。

君のような人物は、なにかが面白く思えなければ
すぐさま「説明乞食」に早変わりする。

そして「芸術」のような、
それ自体ではいかなる意味内容も持たない概念を、
鼻先にぶらさげている。

好きな女と、その靴下との区別がついていない。

42 ::2001/07/09(月) 03:40
>マルセル・デュシャンを芸術ないし美術の文脈においてのみ
>捉えようとする姿勢を崩そうとしない傾向全体に対して
>このBBSに相応しい下品な言い回しで不満の意を表明するものです。

あなたはどういう文脈でとらえてんの?

43 :太郎:2001/07/09(月) 03:49
>18-19
あんた邪魔しないとか言ってちょっと煽られた位でこれかい。

デュシャンの話しをしませう。

44 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 05:02
太郎=cattと思われ。いってることが当たり前すぎてつまらないと専らの噂です
             (32歳 東大卒 主婦/欲求不満気味)

45 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 22:23
正確には、 「>>1」 と 「>>2」 は誰なの??

46 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 23:08
デュシャンというのは、芸術におけるアラシにすぎなかったということが、
証明されたようなスレですな。

47 ::2001/07/10(火) 01:07
うまいこというね。

48 :its:2001/07/10(火) 18:27
>>18-19さんへ
スレとは関係ありませんが、一応僕の直情的なカキコに対して名指しでレスを
してくれたことに対して釈明とお詫びを申し上げたい。
しかし、それによって結果的にあなたのデュシャンに対する意見が聞けたことは
嬉しいことであり、素直に喜びたいと思います。
あなたは「最も低レベルのロジック」を弄し「他者よりも優位に立とうとする欲だけ
は発達して」いると言っていますが、その通り、僕は貧弱な語彙によって自分の
半端な知識やくだらない印象を書き込む、非常に下劣な人間です。それをもって
他人をやり込めようとする嫌らしい魂胆が多少でもあることは否定しません。
しかし、それを承知した上で尚もカキコするのは、あなたのようなデュシャンに対
して清廉潔白な態度で接しようとする人がカキコし、レスを付けてくれることを期待
してのことであると言っておきたい。
掲示板について今さら見解をするのも恥ずかしいことですが、しょせん誰もが自由
にカキコ出来るこの場は個々人のマスターベーションを排泄する吹き溜まりにしか
過ぎない。もちろん僕もその例に漏れません。

49 :its:2001/07/10(火) 19:13
ところで、デュシャンだけでなくあらゆる芸術に対して>「AはBである」ないし
「AはBではない」<的な言葉でもって口を挟むのは上記のような理由だけで
はありません。
芸術に対して非論理的な言葉、すなわち詩的言語等によって接しようとするの
は実は、その芸術を神格化するだけであって、それ以上何の意味も持たない。
そのような言葉の羅列によって教祖様に祭り上げられることはデュシャン自身が
一番嫌っていたはずです。
だから評論家や学芸員、そして一鑑賞者の僕たちが>定規<に沿ってデュシャ
ンについて語り、議論することは僕はいたしかたないことだと思う。

シャルボニエとの対談の中でデュシャンは、「芸術作品はどのような瞬間に存在
するのか、だれが芸術作品を作るのか」という問いに対し、「生産する芸術家」と
「観客」の「二つの極」があると答え、その上で
「(一般的な)芸術家は、自分が何を作るのか、なぜつくるのか、いかにつくるのかを、
そして作品の内在的価値を完全に意識していると思いたいのです。そんなことを、
私はまったく信じません。タブローは芸術家に劣らず見る人によってつくられると
本心からそう思っています。」
と言っている。

作品の内実について何も語らず、見る人によって解釈を委ねる態度。これに対して、
デュシャンの諸作品に語りたいと思うのは当然のことではないでしょうか。そして、
僕たちに残されているのは、美術史的、哲学的述語をヨチヨチと用い、その作品の本
質に迫ろうとする術しかない。それが無駄だとは分かっていてもそうするしか方法が
ないのです。
デュシャンの作品を前にして興味を持つが、それに迫るにはあまりに無力な我々。
しかしそれでもあえてその努力を続けることしか我々には残されていないのではない
でしょうか。そしてそのことがまったく無意味だとは僕は思わないのです。
関係ない話でスイマセン。sage

50 :18-19:2001/07/11(水) 10:24
お礼とお詫びにかえて

それぞれに分離した個人が、
孤独に進める探求の過程において、
その場に開示された世界のすべてを、
すでに為された誰かの、
値打も定まらぬ不快な仕事が
語り尽くしているように思われる時、
それは断じて解釈と呼ばれるべきではないし、
芸術のような一種の靴下とも無縁かと思われます。
もちろん彼女は靴下を履いている。
しかし靴下は彼女ではない。

51 :18-19:2001/07/11(水) 10:30
芸術家がいかにその道の専門家であろうと、
心の底から芸術のために芸術を行う輩は、
やはり二流以下と言えるのではないでしょうか。

52 :its:2001/07/11(水) 23:20
>>50
たしかにその通りです。
18-19さんの意見を読んで、ちょっと上の文章を訂正します。

>だから評論家や学芸員、そして一鑑賞者の僕たちが>定規<に沿ってデュシャ
>ンについて語り、議論することは僕はいたしかたないことだと思う。



>だから評論家や学芸員の無知蒙昧ぶりは別として、一鑑賞者の僕たちが>定規<
>に沿ってデュシャンについて語り、議論することは僕はいたしかたないことだと思う。
>けれども、その>定規<を見直す努力も決して怠ってはならないでしょう。

に訂正します。
デュシャンの話題からまたまたそれますが、以前、シュルレアリスムの諸作品について
若桑みどりがイコノグラフィックな解釈をしているのを読んだことがあります。若桑氏も
冗談半分で引き受けたのでしょうが、それにしてもその厚顔無恥振りには、読む者の背
筋を凍らせるには十分なものがあった。内容も言わずもがな。
硬直した>定規<から抜け出せない研究者の悲しさを噛み締めながらその文章を読ん
だ記憶があります。

>>51
デュシャンが、後にレディメイドと呼ばれる技法を発見した際も、その根底にはオブジェの
美あるいは面白さへの純粋な感動があったのでしょう。そこにはダダ的な、あるいはデュ
シャン特有の諧謔精神が多少は作用していたのかもしれませんが、それはさておき、
デュシャンの手法のみを換骨奪胎し、作品に取り入れようとする現代作家の姿は哀れで
あるとしか言いようがありません。

ブルトンの「シュルレアリスム第一宣言」の中に「驚異は常に美しい。どのような驚異も
美しい。それどころか驚異のほかに美しいものはない」という一節がありますよね。
今日、この一節だけを読み、ブルトンの真意を無視してシュール的な作品を機械的に作ろう
とする行為がまったくばかげているのと同じです。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 09:07

>>29->>32
>>10のカキコを良く読んでみて、品性下劣な相手を特定して言ってるみたいよ。

>>51
私も同感です。

54 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 10:48
↑おまえのことだよ。

55 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 17:58
>>54
つまりおまえのことだろ。

56 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 18:49
やだ

57 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 21:14
>>54
錯綜はやめましょうよ。 そろそろ焦点を合わせませんか?  “おまえのこと”
とは何番のレスを指していますか?

58 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/13(金) 20:21
>>52さん、たしかセザンヌ板にもカキコしていましたね。

>>50さんへのレス中で若桑氏の感想は“この私”でもセンスを感じました。
>>51さんへのレスが貴方のオリジナルならば、貴方はプロのライターで通用しますよ。
今は何をしています?

59 :寝ろ寝ろ:2001/07/13(金) 20:53


    ∧ ∧         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ̄ ̄( ゚Д゚) ̄ ̄|   <  ではまた明日な
|\⌒⌒⌒⌒⌒⌒\   \
|  \           \    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
\  |⌒⌒⌒⌒⌒⌒|
  \ |_______|

60 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/13(金) 20:54
悪性暴風雨の予感…

61 :**今日は何の日**:2001/07/13(金) 22:12
>>52
バレバレ。

62 :   ∝   ∝   ∵:2001/07/13(金) 22:43
女の靴下つて好きだけどな。

63 :18-19:2001/07/14(土) 03:04
鳥の子は最初に見た者を親と信じる

64 :its:2001/07/14(土) 19:01
>>58
どもです。今凄く暇ですよ。
>>61
???どういう意味???

ところで、自分で関係ないレス付けといてなんですが、デュシャンは
どこいったの?

65 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/15(日) 01:51
>>64
もったいない。

66 :18-19:2001/07/15(日) 16:31
>>64

マルセル・デュシャンは
1879年に生まれて1968年に死んだ、
フランス生まれの帰化アメリカ人です。
二度結婚して実子はなく、
二度目の妻ティニーが前夫との間にもうけた
姉弟の義父となりました。

デュシャンには二つの代表作があり、
その間に長い沈黙期が挟まれています。
第一の代表作は通称《大ガラス》、
第二の代表作は通称《遺作》と呼ばれています。

《大ガラス》以前の彼は画家でした。
そして《遺作》以後の彼は死者として世界に広く知られています。

彼の墓碑名によれば『然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり』、
今日の世界は彼の死を知る人と、それを知るであろう人々に二分されます。
そして彼自身はその死を知りません。
彼は向う側にいきました。

67 :18-19:2001/07/15(日) 16:35
これでご満足いただけたでしょうか?

68 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/15(日) 19:56
>>67
ご満足でよかったよかった、きょうはグッスリ眠りなさい。 

69 :its:2001/07/16(月) 16:39
>>66
「然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり」ですか。
この言葉を読んで、>>18-19さんが、デュシャンについて語ることを無意味
と主張し続けることに、合点がいきました。そして彼を現代美術の文脈で語
ることの不毛さも。
「然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり」・・・肝に銘じておきます。

70 ::   ∝   ∝   ∵ ∵ ∵:2001/07/17(火) 00:39
箴言は思考停止の装置だって知ってた?

71 :its:2001/07/17(火) 01:16
>>70
知ってるよ。上のレスであえて書かなかったけど、「だけど僕はそのこと
を了解しながら、それでも尚駄文を垂れ流す」と一言入れたい衝動に駆
られたけど、なんか告白文みたいで嫌だったので入れなかった。
でも書いちゃったsage

72 :18-19:2001/07/17(火) 17:45
>>70

わたしは知りませんでした。
それはどういうことですか?

73 :18-19:2001/07/17(火) 17:53
>>70

思考といえども星の数ほど異なる思考の構えがある。

74 :工芸人:2001/07/17(火) 23:07
彼の初期の油絵を上手いと言っていた人がいたが、
皆さんどう思われますか?

私は凡庸な駄作だとしか見ないのですが。彼はやはり
思考の人であり、自らの思考を視覚化することに工芸の
作家のごとく熱心であったと考えていますのですが。

75 :its:2001/07/18(水) 01:13
>>70
たとえばラ・ロシュフーコーの箴言集にこんなのがあります。
「我々の美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない」
(岩波文庫の表紙から) これを言われて、まっとうな反論をすること
なんてちょっと難しい。「何言ってんだコノヤロー」「ふーんなるほど」
などという感情的な反応しか出来ないですよね。
もともと箴言は17世紀フランスのサロンで、貴族階級の言葉遊びとして
発展したものらしいですけど、当時は箴言に対抗するには箴言を持って
するしかなかったようです。(この辺はルコントの「リディキュール」がうまく
扱ってます) それは現代にも当てはまるのではないかなと。。。
僕も、「知ってるよ」なんて書いておきながら、明快な答えを持ち合わせて
ないので、詳しい解説は70さんにお任せします。

>>74
キュビスム・未来派に接近していた頃の「階段を下りる裸婦」なんて、絵と
しては僕は好きなんですが。確かに思考が先行している印象は受けます
けど(1910-20年代の美術はどれもその傾向がありますけど)。

76 :its:2001/07/18(水) 01:14
訂正
>>70→72
スイマセン

77 ::   ∝   ∝   ∵ ∵ ∵ :2001/07/18(水) 04:06
スターリンのの「ロマンチスト」に「死ぬのはいつもてめえらばか
り」ってフレーズがあるけど「然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり」
って言い方よりはまるんだよな。俺には。何か、生や死が問題にな
るような現場に対して常に傍観者でいるほかないような不能感がヴ
ィヴィッドにつたわる(笑
で、これは18-19さんとitsさんがデュシャンの墓碑名から汲みとっ
てるのとは違う気がするんだよな。
だから箴言みたいな形式は世界を認識する方法としては不完全なんじゃ
ないかとかそういうことがいいたかったのじゃないか>>70
あまりつっこまないでくれ。

78 :18-19:2001/07/18(水) 05:24
ありがとうございました。
少しだけ解りました。
箴言というものは、
どこか石彫りの像に似ていますね。
あるいはものになった言葉、証明なしの結論、
あるいは………もうわからなくなりました。

例えば、
「我々の美徳は、ほとんどの場合、落札した工芸品に過ぎない 」
「我々の美徳は、ほとんどの場合、修復した絵画に過ぎない 」
「我々の美徳は、ほとんどの場合、興奮した猿に過ぎない 」
などのような、
少々無意味なものも箴言であり得るのでしょうか?

また、
「我々の美徳は、ほとんどの場合、偽装に過ぎない 」
「我々の美徳は、ほとんどの場合、悪徳に過ぎない 」
などは箴言として適当でしょうか?

つまり箴言とは、
「世界を認識する方法」であるよりもむしろ、
それ相応の戦略をもって挑む遊技なのかどうか。

79 :18-19:2001/07/18(水) 05:29
あるいは箴言とは、
証明を待つ仮説や
これから検証されるべき命題
のようなものなのか。

80 :18-19:2001/07/18(水) 06:09
>>74

マルセル・デュシャンの初期の絵画それ自体について、
正直なところ、私はまったく魅力を感じません。
しかし凡庸な駄作かどうかは判りません。
その種の目利きとしての感覚が欠如しているからです。
従って驚異の傑作がどのようなものかもわかりません。

市場に流された場合の
動産価値はそれなりにあると思われます。
つまり、それなりの話題を提供すると思われるからです。

落札した人物は、その事実を自慢することができるでしょう。
しかし画面に現われている技量を誇ることは出来ないでしょう。
その場合はダリなどが有効と思われます。
かなり皮肉な自慢になると思われますが。

ただ、デュシャンの仕事の流れの中で、
その初期の「凡庸な作品」を見ると、
それ自体を眺めている時に感じられるような
つまらなさがどこかに消えてしまうような感覚にとらわれます。

ところで絵画の良し悪しについてですが、
まったく何も考えることなしに、
ある作品が傑作だと思える時、
その判断の基準は、
どこにあるのか。
その判断基準が、
判断される対象において
試みられている内容と無関係な場合、
そこで下された判断はどのような場所で有効なのか、
ということが気になります。
つまり、まな板はコーヒーを飲む器として利用できるのか、
ということです。
それもそれなりに面白い。
しかしその状況で会話を楽しむことは不可能です。

81 :18-19:2001/07/18(水) 06:27
後年のデュシャンは自身の初期作品を集めるのに
熱心だったという話をどこかで読みました。
初期作品が単体としての強度に欠けるという意識は、
本人にもあったのではないかと疑えます。
しかし「駄作」も「代表作」もまとめて、
すべてはひとつの場所に収められました。
これは意図的な操作によるものです。

また、遺作を除く新旧すべて(?)の作品を
ひとつの箱に収めたマルチプルが、
本人の手で作られています。

こうなると、作品を個別に見ることが
まるで禁じられているようでもあります。

しかし私も「工芸人」として見れば、
デュシャンは生涯を通して二流です。
ただし、技量も思考も、
ともに何かの台座であり、
それが用を成すならばそれでも構わぬ、
などと思ってしまうのです。

82 :18-19:2001/07/18(水) 06:30
それを「無意識」などという慣用句で
受け流してしまうことは、
私には出来ません。

83 :工芸人:2001/07/18(水) 13:05
>81
18-19さん
はじめまして、宜しく。

>ともに何かの台座であり、
それが用を成すならばそれでも構わぬ、
などと思ってしまうのです

何の用をなすのでしょう?彼のナルシズムを満足させる用?
それをあなたは尊重する?死して後も彼はそれを要求する?

ここに、一人の偉大なオナニストがいました、彼のオナニーをみなさん
かたずを飲んで見て下さい、そして拍手をお願いしますーーと
どこかの美術館は彼のナルシズムを台座に展示する。流れるクリームを
少量でも信じて飲んだならば、ここに一人の現代のディオゲネスが誕生する。

---と言うわけですか?

誤解のないように付け加えますが、私はけっしてオナニーを否定しません。
ナルシズムを否定しません。ですので、彼も否定しません。むしろ、偉大な
個人主義者として彼のことを高く評価しています。
ですので上記は彼の生き方のある一面についての私の独り言を失礼にもあなたに
聞いてもらいたいと思ったからの書きこでした、許して〜(^0^)

84 :its:2001/07/19(木) 04:10
>>78 >>79
箴言については、僕も良くは分からないのですが、少なくとも17世紀
においては、それを創出する最低限かつ最大の要素としてエスプリ
を身に付けるということが最も必要とされた。それを所与のものとして
いない者は、貴族階級の落伍者として、すなわちリディキュール(笑
いもの)として蔑まされ、少なくともサロンというコミュニティに参加す
る資格は剥奪された。
エスプリをもってエスプリを、毒をもって毒を制す、とでも言うのでしょ
うか。
しかし僕がエスプリなどという素養は身に付けているはずもなく、18-19
さんのそれらの言葉が箴言になりうるのかどうかは判断しかねます。
思うに、箴言とは命題と結論が融合したようなものであり、尚且つ詩
のように多様な解釈の可能な、言葉の断片・・・???????
(・・・よくわからん。言語学板行ってください)
その意味で(どういう意味だ?)>>77さんの言う「世界を認識する方法」
の手段としては不適切である、という主張に同意なのです。

85 :its:2001/07/19(木) 04:35
>>80
>つまり、まな板はコーヒーを飲む器として利用できるのか、
>ということです。
価値の判断基準に正解というものは絶対にないでしょう。
一時代の共同体において、それがまっとうなモノとして受け入れられる
ことはこれまでも多くの事例がありますが。
作家の残した資料に基づいて解釈するのがいいのか?いやそれは違う。
資料の解釈すら恣意的なモノにしか過ぎないから。
結局、様々な解釈があってよいのではないでしょうか。むしろ、固定された
解釈を強要されるほうがよっぽど嫌だ。
デュシャンは死にました。
そして、彼は日々の生活に追われる一市民ではなかった。「芸術」という
魔物に足を突っ込んだが為に公人として扱われる存在となってしまった。
公人である以上、彼のスキャンダラスな部分が暴露され面白がられたり、
作品について色々と言われるのも、最早避けられない。
それに難癖をつけるのは愚かでしょう。デュシャン本人ですら。
我々は、死人の腐臭を嗅ぎながら、尚も彼について思惟をめぐらす。それも
また愚かでしょう。しかし、また止めることも出来ない。
彼について、人々が気に求めなくなった時、初めて安らかな眠りにつくことが
出来る。だが、少なくとも今日ではそのようなことは起こりえない。

作品について語り続ける。解答はない。それでいいのではないでしょうか。
デュシャンに興味のある限り。
最後に、ニーチェの格言から

「説明されたことは、我らの興味を失う。「汝自身を知れ!」と教えた神は、
何を言おうとしたのであろうか? おそらくは、「興味を失え、客観的たれ!」
といったのであろうか?---かくして、ソクラテスはいかに? いわゆる「学問
的な人間」はいかに?」
「善悪の彼岸」より

86 :18-19:2001/07/19(木) 15:34
>83

誤解を招いたようです。
美術館にある台座のことではなく、
技術と思考が、ともに何かの台であると言いたいのです。

また、ある人物のナルシズム及びオナニスム的傾向を
取りざたすることは、ある人の肌の色を指摘するのと
それほど異なるものではないと思われます。
それが実際のところどうなのかは大した問題ではないが、
それにしても、
「あれはナルシズムである」
「あれはオナニスムである」
「あれはナチズムである」
「あれはダダイズムである」
「あれは草である」
「あれは人である」
「あれは犬である」
「AはBである」
等々は考察以前の評価ないし印象です。
この形式を加算していっても、得られるものは僅かです。
店先に並ぶジャムでさえ、
同じ瓶の中に違う内容を収めていますし、
ラベルが間違っているということもあり得ます。
最終的には蓋を開けて確かめる必要があります。
(私はジャムの瓶の中で蜂を発見した経験があります)

ところで、美術館の台座の上で自慰に耽る人という
アイディアについては、それなりに面白いと感じました。
私はそれを見つめるでしょう。
通常では決して公的空間で見られない行為ですし、
それがオナニスムだとするならば、
その場のオナニスムを分解/再構成する好機です。

私は表現および解釈という概念を一切信用しません。
人も草も絵画も、ただそこにあるものだと考えます。

87 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/19(木) 16:02

(私はジャムの瓶の中で蜂を発見した経験があります)

巧いねえ。(笑
好きだよこういう修辞。オレは。

88 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/19(木) 16:37
>83
>私は表現および解釈という概念を一切信用しません。

う〜ん左寄だが。正論だ。
そうでないと「その本質とは何か」という、
形而上学的な問いを必然的に呼びこんでしまうからね。

しかし、それは特殊な商品である「貨幣」にだけ許された特権的な地位であって、
人も草も絵画も「ただそこにあるもの」ではないのだ〜よ。

89 :88:2001/07/19(木) 16:38
↓訂正。

>86
>私は表現および解釈という概念を一切信用しません。

90 :乞う芸人:2001/07/19(木) 18:37
>86
83の 何の用をなすのでしょう?

にお答え頂けないのですね?答えを乞う(^0^)

91 :::   ∝   ∝   ∵ ∵ ∵:2001/07/19(木) 20:46
何か良いスレになってきたね。(笑

>>18-19さんに質問。
デュシャンは何で「沈黙」したんでしょうか?
生産活動へのダダ的な否定?
ただの怠慢?

92 :its:2001/07/19(木) 21:21
>>89
>私は表現および解釈という概念を一切信用しません。
それもいいと思います。

93 :工芸人:2001/07/20(金) 03:48
>>88
で思い出した。あのかっての前衛、千円札事件の赤瀬川源平の現状。
どうとらえたらいいのでしょうね?ああいうアートの捨て方は?

94 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/20(金) 11:00
老人力のなせる技。

95 :18-19:2001/07/20(金) 14:27
>>>88

そうかも知れません。

96 :18-19:2001/07/20(金) 14:37
>>88

いや、やはりそうではない。
だってどのような対象も、
意識するまでは無関係ではないですか?

97 :18-19:2001/07/20(金) 14:41
いや、意識ではなく認識というべきでした。

98 :18-19:2001/07/20(金) 14:44
認識するまでは存在しない、ということなのだと思います。

99 :18-19:2001/07/20(金) 14:50
そこから、「ただそこにある」という考えが
生じたに違いありません。

その背景には
対象が置かれる
美術館およびその壁およびそこにある台座、
およびそれを知覚認識の様式として取り込んだ意識、
等々がある。

100 :18-19:2001/07/20(金) 14:57
>>92

しかし
何にせよ「形あるもの」がそこにあり、
どうであれ「それを知ること」が可能である、
ということは大いに信用できます。

101 :18-19:2001/07/20(金) 15:00
>>91

その頃すでに幸福だったのでは?

102 :18-19:2001/07/20(金) 15:08
>>90

ある局面において必須のものが、
他の局面においてはまったく余計なものになる、
ということが、日常でもたびたび起こります。

103 :高芸人:2001/07/20(金) 15:48
>>102
つまり、作品は排泄物だとおっしゃりたいのですね。
勿論、それを生み出す技量も思考も排せつの用のため
のものと。クリーム以下?私と同意見(^0^)
彼にとっては一時的に必須のもの、出てしまえばクソ!

貴兄は、どうしても私にこれを言わせたいのですね(^0^)

104 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/20(金) 17:18
このスレつまらない

105 :旅芸人:2001/07/20(金) 19:06
>104
賛成!糞尿談お断り!

106 :18-19:2001/07/21(土) 23:27
>>102

糞尿であれ、性愛であれ、
そのこと自体は話題として特に問題ないのですが、
そのいずれにしても、
あまりにも多くの事柄に対して適合し得るという点で、
良い比喩とは思えません。
つまり慎重に用いない限り、比喩として用を成さない。
その点いかがでしょうか?

107 :18-19:2001/07/21(土) 23:31
>>104

あいすみません。

108 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/22(日) 00:30
音楽家では ジョン・ケージとよく比較されますね。
共通しているのは 少し理論寄りということかな?
けど、何か新しいことを発言したり、やったりしても
なかなか後が続いていかないというのは 不幸なことのように
感じる。デュシャンはよくわからないが、ケージなら、一度
聴けばいいかな、という感じになってしまい、毎日聴いて楽しい
ものじゃない。

109 :高芸人:2001/07/22(日) 01:01
>>106
私も御指摘のところは充分に分かっております。
ただ、具体性を欠いた言葉は時に意味を持た
なくなることがあります。読み手の誤解を誘発
することがあります。このことは、104に付いて
も言えます。故に105で私自身の実感を込めた
憶測の書きこを致しました。あいすみませんです。
(^0^)

110 :∝∝:2001/07/22(日) 02:02
性愛で思い出すけど、「ローズ・セラヴィ」っていうのは
Eros c'est la vieのしゃれだそうで。

111 :18-19:2001/07/22(日) 21:21
>>109

正直に申し上げるならば、
どうしても書きたくないことがあるのです。

>>108

比較であるよりはむしろ、
よく引き合いに出される、というニュアンスでしょうか。
しかしここでの問題に関する限り、楽しいか否は重要でないと思われます。

娯楽というものは、鑑賞者の忍耐と修練を決して要請しません。
娯楽の目標は、あらゆる文化を超え、あらゆる境遇を超えて、
すべての人々が苦労を味わうことなく受け入れられるものを、
実際に出現させ、時空的条件の許す限り大量に供給することです。
また難解とされるものには必ず大量の解説が付けられます。
解説産業という分野があるのではないかと疑えるほどです。
解説無用の、それ自体を説明するかのような作品も見受けられます。
この傾向は公共施設において歓迎されることでしょう。
このような状況において、体験することは理解することと等価です。

これ以上は続けたくありません。失礼します。

112 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 02:30
うっわー。長文だらけ。

113 :高芸人:2001/07/26(木) 14:01
>>94
>老人力のなせる技。

あの本読みましたか?アートを捨てたことに付いての釈明でも
赤瀬川はしていましたか?私は読みたくない。時代に迎合し過ぎだ。

>>110
∝∝さん、彼はほとんどの作品で性愛表現を用いますよね。
あの「大ガラス」も「彼女の独身者達によって 裸にされた花嫁、さえも」
でしたね。
性愛は人間間(ワラ)のコミュニケーションの基底にあり、
分からぬ人に分からぬことを伝える時の普遍的な材料。
誰にでも何らかの刺激を与えますからね(^0〜)
さて、性愛表現を用いて何を伝えるのか?

彼は、「大ガラス」に於いて透明な平面に4次元を現出させようと
試みた。それ故、搬送途中に偶然生じたガラスの亀裂をあんなに
喜んだのだと述べる評論家もいます。

114 :教えて:2001/07/29(日) 08:29
京都の近美にある「自転車のスポーク+いす」や白い便器や糸巻きや砂糖の入った籠がフィラデルフィア美術館にもあるのはなぜ?
ニューヨークにあるはずのモナリザが大原美術館にあるのはなぜ?

115 :高芸人:2001/07/29(日) 12:55
教えてさん、

そんなにあるの?
学芸員はどう言っているの?
貴兄の意見は?

例えば、レディー・メイドは大量生産品、彼が触った物だけに
価値があるの?
彼は「大ガラス」の複製も喜んでいますね。
また、彼は小さなボックスにそれまでの作品のミニチュアを
ぶち込んで売りましたね。

以上は私のちょっとしたきっかけ作りのための書き込み。
オリジナルの価値、複製についてもっと考えている人にMSGを
もらいましょう(^0^)

116 :∝∝:2001/07/30(月) 00:56
>>113

独身者の性欲でしょう。

117 :ナナシノ:2001/07/30(月) 01:09
性欲も所詮「鑑賞」の対象でしかない。他人を鑑賞し、自分
を鑑賞する。そう言い切るのはつらいけど。。ああ独身者な
んていや。大体時代遅れ。料理番組を見るように、性愛表現
を鑑賞するそんな自分の復活はいずこへ?

118 :よこちん:2001/07/30(月) 01:58
何かをinputすると何かがoutputされる。
デュシャン=ブラックボックス説に一票。

119 :高芸人:2001/07/30(月) 13:55
>>116
∝∝ さん、

性欲を具象化するのは困難。あの「大ガラス」から
それを見出せる?性欲のストーリーを機器の次元に
移し替え、それをガラスの表面に定着させる?その
時、何が見えてくるの?やはり、別の次元での性欲?
と言う事は機械に性欲がある事の証明か?それとも?

>>117
ナナシノさん、

女を食べると言いませんか?彼はやはり、ダダイスト。
既成の観念に否を唱えた。復活とは逆戻りする事ですか?

>>118
よこちんさん、

ブラックボックスをこじ開けてみませんか?
彼は案外単純なのかもと思ってしまう事があります。
今の時点から彼を見てみますと。
あのレディーメイドの物としての古さは
博物館逝きですね(^0〜)カビ臭いホール
に飾られた昔のウィルソン霧箱?よりも単純か?

120 :高芸人:2001/07/30(月) 14:16
一つ思い出した。
NHKでデュシャンをやった時出ていた---椅子とその
上の自転車の車輪---は赤坂のあるバーのマスターが作った物とか。
オリジナルと同時代の車輪を使って複製したとか。
以上、真偽の程を私、確かめておりませんのですが(^9〜)
あれも美術館逝き?

121 :教えて:2001/07/30(月) 21:39
私はフィラデルフィアに行って大ガラスと一緒に写真をとって喜んでいるヤカラです。
のぞき窓を何分も独占して喜んでいるヤカラです。
でもそういう楽しみかたって、どうして日本のヒトには許してもらえないのかな。
「デュ」ではなくて「シャン」にほうにアクセントを置かなくてもいいじゃん、別に。

122 :高芸人:2001/07/30(月) 22:53
教えてさん、

私はこの2ちゃんねるののぞき穴をMSGで半独占して喜んでいる
ヤカラです。

>でもそういう楽しみかたって、どうして日本のヒトには許して
 もらえないのかな。

許して下さい、許しましょう(^0^)
日本に限らずどこでも同じなのでは?
楽しみ方は様々!
ところで、貴兄はオリジナルにこだわるのですね?
それも、どこでもですよね。
吾許す、故に、許して〜(^0^)これは、一種の循環論法?
何論法?だれか、哲学の人教えて〜!

123 :教えてです:2001/07/30(月) 23:45
高芸人さん
確かにおのぼりさん行為は国をとわず一般にいやがられるでしょうね。
日本語は言葉がよくわかるから特にそう感じたのかも。
でも、そいつらもモンドリアンの絵の線に沿って指でなぞったりして、いけない人々でした。

124 :ナナシノ:2001/07/31(火) 00:05
本来性欲は、少なくとも男性にとっては「関係性」云々を言うより先に
まず、のっぴきならぬ衝動であり、本能なのです。そうでしょ??諸氏!!
性欲とは【トルク】であり、完全無欠なエネルギーにほかならないはず!
関係性など、事後的に生じるのが「若さ」ではあるまいか!?

ああ。それなのに夏が終わり、翳りが一面を覆い尽くす季節に、取り残
された僕は、もはや前進する力すら欠いて、デュシャンを解析する。。。
ああそんな惨めな振る舞いがあろうか?情けないなー。おれ。

大ガラスは美しいけど大ガラスの美しさに浸るより、無知な欲望へと
「逆戻り」したい。でもそれは多分不可能だ。つまりデュシャンは、そんな
老醜をテーマとして隠し持っている。と勝手に断定。

125 :ナナシノ:2001/07/31(火) 00:16
>>123
>モンドリアンの絵の線に沿って指でなぞったりして、いけない人々

なんと、無垢でそれゆえワイセツな振る舞いだろう!
俺も触りたい。盛り上がってるところに触りたいってのは、普遍的
衝動かもね。(笑)
そういえば昔、ドガの彫刻のチュチュの裾をこっそりと摘まんでる
オヤジを観たけど、あれも見た目、なんかやらしかったなー。(笑)

126 :よこちん:2001/07/31(火) 01:14
>>119
>ブラックボックスをこじ開けてみませんか?
では、お言葉に甘えて。

>彼は「大ガラス」の複製も喜んでいますね。
彼にとって複製であっても意図が充分伝わるということでしょうか?
価値あるものは、CDではなく納められた音楽ということ?

>ボックスにそれまでの作品のミニチュアをぶち込んで
彼の伝えたいことは、その中に全て入っているということ?
それらは、或る意図のために、お互いに関連づけられているのでしょうか?
それとも全集の様に、彼の変遷の記録なのですか?

>レディーメイドの物としての古さは博物館逝きですね
車輪と椅子を組み合わせる事が彼の目的でなければ、それは骨董品としての
価値なのでしょうか?

>ウィルソン霧箱?よりも単純か?
部品は霧箱の方が多そうですが・・・?
レディーメイドも霧箱も何かの為のものということですか?

彼が生き続けたとしたら、こういうことになるのですか?

「おい、そのグラス昨日からレディーメイドになってるぞ。ニュースでやってた」
「あら、そうなの?でもビールの味は変わらないわよ」

「ママ、デュシャンで遊んでもいい?」
「宿題が済んでからにしなさい」

すいません、疑問が増えました。m(_ _)m

127 :高芸人:2001/07/31(火) 01:16
>125
ナナシノさん、と呼び掛けるのに意味はないかも
ナナシの人、ダリさんではないの?

私はアルスティード・マイヨールの裸女の胸を掴みたい!!
ブロンズとはピストン運動は出来ないもの。チュチュの裾上げ
のイメージ、ちょっといやらしい〜オヤジ(^9〜)

で、彼の最後の作品。あれは強烈な皮肉だね。皆を覗き魔に
してしまう。と教えてさんは言いたかったのか。今分かった。
はあ〜、はあ〜

128 :よこちん:2001/07/31(火) 01:20
>>121
子供の頃、めざまし時計を分解してた人が
このスレに多いのではないかと・・・w)

129 :高芸人:2001/07/31(火) 01:29
>>126

よこちんさんが教えてさんに成ってしまった(ワラ)

私も疑問が増えました(^0^)今日のところは、一回性および
彼のナルシズムと言う言葉だけにさせて〜

思考<ネムクテ、ご免!

130 :its:2001/07/31(火) 02:22
話題逆戻りして申し訳ないんですが・・・
複製についてちょと思い出したこと。
たとえばブロンズ像なんて、原型があればいくらでも生産で
きますよね。言わなきゃばれない。言ったら幻滅ってかんじ?
あと、版画や写真とか。
これらの技法と、レディメイドの違いって、ただ作為的、無作為的
であるかどうかの違いだけ???
んで、それに戸惑う鑑賞者。草葉の陰でデュシャンがほくそえん
でるようだなあ。

それから、性欲!これ抜きにしては何もいえませんですね。
自己保存機能と直結してる上に、めくるめく快楽をもたらす可能性
を秘めた陶酔装置。はあ、はあ、
ん〜でも、性欲を作品に秘めるちゅうこと自体、20世紀初頭はタブー
の一つだったはずだから、だからこそデュシャン、ダダ、シュールの
作品がそれを執拗に表現し、スキャンダラスを呼び起こしたところも
あるような気がする。
(シュールは、別に「愛」という鍵言葉が裏で糸を引いてる面も
あるけど・・・)
今さら大ガラス見ても、ねえ。。。

131 :教えてです:2001/07/31(火) 15:10
おのぼりさんとしては、「滝とランプが与えられたら」を見たときのことも書きます。
写真よりはるかに明るくてきれいでした。全体がきらめいてるって感じ。
滝は電気仕掛けで光ってるし、たおれてるお姉さんも肌が白くて気持ち悪くありません。
どうしてこんなもの作ったのかなあと考えてると、次の順番を待つ人が列びますので、さすがに交代します。
デュシャンの陳列のなかでいちばんながく見てたい作品でした。(でもやっぱり長く見てる人は変態だ)

132 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/31(火) 20:34
デュシャンってなんだかんだ言ってセンチな人だと思う。
作品もコンセプでありながらどこかジメっとしてるとこがある。
最終的には私的かつ詩的世界に逃避してしまったという感じかする。

愛する女の人に秘かに自分の精液を使った作品を捧げたりしてるよね?

133 :高芸人:2001/07/31(火) 22:56
>>126
よこちんさん、

>価値あるものは、CDではなく納められた音楽ということ? 

音楽は音で勝負。そらそうだ。いいのはジャケットも
だいたい凝ったものが多いが(^0^)
視覚で勝負する物はそうは行かん!彼の作品には音の出るもの、
ガラス瓶の中の空気をうんぬんする物もあるが。

>彼の伝えたいことは、その中に全て入っているということ?

でしょうね。備忘録?金のため?だが、一貫した思考の展開
のために、彼自身が必要としたのでは?

>それは骨董品としての 価値なのでしょうか?

でしょうね?しかし、思考と発想との。このアラジンのランプの
精霊は時に人に乗り移ってそこで新種のDNAとなって自らの復活を
果たします。故に、今に至るもUSA,EUROPE,JAPAN---の各所で、
その恐ろしい子孫やクローンがゾンビのごとく蠢いている。あの、
トリックスター、
ウォーホールを見よ!

>レディーメイドも霧箱も何かの為のものということですか?

さて、何のためでしょうか?(^0〜)おいおい、あらせるなよ
^0^;おいおい追い詰めようぜ!

>彼が生き続けたとしたら、こういうことになるのですか?

断言する!そうはならない。彼は死んだ。彼はその事を知らん
のだろうな(^0^)だから、クローン。だから、一回性。
2度と同じ事はない。今では彼の毒は抜かれ、ファッション、
商売に効果をあげている。

以上、ああしんど。

134 :高芸人:2001/07/31(火) 23:37
>>130
itsさん、

貴兄は写真板にも出ていません?人違いだったらご免(^0^)

ところで、シュールレアリスムではこれですよね。

「解剖台の上でこうもり傘とミシンが出会ったような美しさ!」
:ロートレアモン
まるで、デュシャンの作品のような(^0^)

>>131
教えてですさん

覗きからくりを覗いて喜ぶのは、変態ではありません。変態は
虫類に多い(ワラ)昔、よく町中で2疋の犬が変態しているのを
見ました。大人になってからは見ません。あの時犬の顔が人間に
なった(^9〜)で、じっと見るのは好奇心からです。

>>132
--さん、

たしか、精液入のトルソは最後の作品のあの少女と同じ
ポーズでしたよね?教えて(^0^)普通、センチとは
言わず、情熱というのでは?普通、そんなに長く一人の
人を思い続けられませんよ。そして、隠して、隠して
最後の作品で知らぬ顔して万人に見せる。彼の思考の持続力は
この情念の昇華の賜物であろうかと(ワラ)

135 :ナナシノ:2001/08/01(水) 00:16
>>127
デュシャンが「作品」の創造主として振舞うことを拒んだ芸術家だとしたら、
ここに来ている「コテハン」は匿名世界において記名性→「継続によって
齎される報酬」を得ようとする変わった人たちと言えるかも。それを支える
のは、他者を思う心意気?それとも大いなる自己顕示欲?安全地帯を
確保しつつ、リスクを楽しみたい卑小な愉悦?どうなんだ?!ナナシノ!

「ナナシノ」 ああ。それにしてもなんて凡庸な文字列だ。。第一みっとも
ないよな。こんな工夫の無いハンドル。
コテハンなんて「しくみ」を知らなかったときにテキトーに打ち込んだこの
4つの文字を、今まで使い続けることになるとわ。

136 :工芸人:2001/08/01(水) 00:20
>>111
18-19さん、

もう一度復活して下さいよ。失礼ながら、私は貴兄を思考の人だと思う。
だから、デュシャンを語るに相応しい人だと。
強靱なパンセーの力をもう一度見せて下さいよ(^0^)
私が貴兄を追いやったように思えてなりません。このままでは、
私は寂しい。センチになります(ーi-)
ROMしていたら、よろしく。

137 :考芸人:2001/08/01(水) 00:31
>>135
--さん、

また、私をセンチにさせる。ご免!でも、

>デュシャンが「作品」の創造主として振舞うことを拒んだ芸術家
だとしたら、

この、--だとしたら--はいいな〜、今度何時か使うぞ(^0^)

138 :よこちん:2001/08/01(水) 01:14
>>133
高芸人さん、ありがとうございます。改めて、m(_ _)m
レスを差し上げたいのですが、私の頭の中、Busyです。
言葉になりましたら、書き込みます。

139 :よこちん:2001/08/01(水) 21:47
マルセル・デュシャンについて教えて を読んで

                    一年一組 よこちん

一回性。
まるで、マルセル・デュシャン事件と言っても良いような・・・。
しかし今、画面一杯に並んだコーラの瓶や拡大されたモンローを見て、
綺麗だと思うことはあります。
時代が下った時、これらがどういう扱い方をされるのかは分かりません。
消えているのかも知れない。美術が衰退した等と言われるのは、彼らの
せいなのでしょうか。しかしクローン達の何人かは、デュシャンの本意には
反したかも知れませんが「美術」の範囲を拡張してくれたような気もします。
でもそれは、多分デュシャンには関係のない事。

140 :よこちん:2001/08/01(水) 21:49
博物館に行く。
ウィルソン霧箱。なんか格好いいメカ。
機械らしい形。なんのための機械だろ?
説明を読むと・・・宇宙線を見ることができるのか。
最初にこの装置を作ったのがウィルソンか。
つまり記念の品なんだ。納得した。

知識を得たので、引き出しに仕舞って食事に行く。

次に、レディメイド。芸術品か?
こんなもん、綺麗でも何でもねーじゃん。
店から、そのまんま持ってきただけだろが。
だから、考える。
レディメイドの後ろにある、デュシャンの考えを知ろうとする。
解説を読む。わからないながらも納得してみる。
引き出しに仕舞って終わりにしようとする。
でも、何かおかしい。
題名が比喩のかたまりの様な作品が沢山ある。
解説を鵜呑みにして、ホントにいいのか?
わからない、引き出しに収まらない。
デュシャンは「 」である。
「 」に何を入れても居心地が悪い。
むしろ括弧の人と言った方がまだましか。

141 :よこちん:2001/08/01(水) 21:51
彼は何故こんな事をしたのか?
なぜ作品を一つに纏めようとしたのか?
一貫した思考の流れが、やっぱりあるのか。
考え続けたことがあるなら、何故はっきりと
言わないのだろう。
ナルシストだからか?
よくわからない。
わかるのは、何かの為だったいうこと。
デュシャンの考えのもと、あの時代に然るべき
場所に置かれたこと。
後に、デュシャン自身の考えで作品集のように
纏められたこと。

レディメイドから、解答らしきものを
引き出した人は沢山いる。
それはデュシャンではなかった。
美術に受け入れられたのは、他の人。
美しいと誉められたのは、他の人の作品。
デュシャンは?
やっぱりわからない。
いや、わからないということが少しわかった。

142 :よこちん:2001/08/01(水) 22:01
唄の一節を思い出したので。
But what's puzzling you is the nature of my game

143 :考芸人:2001/08/02(木) 01:04
よこちんさん、

貴兄の139〜142を読んで、そしてまた考えました。
聞いて〜(^0^)

>But what's puzzling you is the nature of my game

いいね、本当にいいね(^0^)誰の唄?恋の唄?
しかし、こう唄ってしまうと、はいそうでした、あなたは私と違う
のですからと言いたくなる(^9^)だが、これは前後の歌詞を
聞いてから言うべきか?

で、トツゼン! 彼が前衛たらんとして自らに課していたと
思われることを2〜3メモします。

まず、人の言った事、した事は絶対に避ける。
(--->日本の「具体」の連中もこの信条を掲げていた。)
だから、彼は大変な読書家であったにも拘らず、彼の言葉に学問、
思想の世界の慣用句は出てこない。と思う(^0^)
だから、当然世間の常識など彼の眼中になかった。彼の作品に
デジャ・ヴューは無かった。
次に、彼は独りで思考した。彼の時代を。アインシュタインの時代
を。革命の時代の中で。
また、彼は衝撃を人に与えることに拘泥した。性愛、謎、ゲーム、
そして何よりスキャンダル。彼の作品の数々。彼は何時までも
スキャンダラスでありたかった。特に思考の次元で!

で、私の結論。彼は彼にとって一番良い時代を生きた。
そして、後の人に同じようなことをしても最早全然面白く無いよと
言っている。ような?(^0^)何時までも俺は謎だよと言って、
逃げた?(^0^)

144 :ナナシノ:2001/08/02(木) 02:05
どうせなら
But what's puzzling me is the nature of my game で逝こう。
デュシャンの後、今を生きる僕らが、より良く生きるための戦略試案。

恋愛で、片方が、もう片方を完全に俯瞰し得るような、そんな一方的関係
って存在するのだろうか。確かに極めて不公平だったり、倒錯的だったり
するケースはあるだろうけど、片方が回答を握ってて、もう一人がそれを
ひたすら解釈するってな「恋愛」はもはや恋愛とは言えないのではないか。

ところで相手が「芸術作品」だったらどうか?芸術は、高飛車なオンナのよう
に、奥のほうに「答え」を隠し持っているのか?僕らは、それに縋ろうと無様
な姿を晒し、「ああ。こんな俺って。。」とか呟きながら「敗北の美学」に浸った
りするのか?

それはさすがに退屈だから、一人二役で、恋する側とされる側両方やろう。
自己演出上、愛される側の自分としては答えを保留しとこう。自分は徹底的に
ミステリアス。なおかつ徹底的に情熱的な求愛のひと。そんな自分を、更に
上位で俯瞰したがる自分を無意識に作らないように、注意深く。

「クダラネー。射精より気持ち良い事がこの世にあるか?」(友人:談)

145 :よこちん:2001/08/02(木) 02:39
>But what's puzzling you is〜
これは、Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)/Rolling Stones
の一節です。勿論、my は私ではありません。
>>144
>どうせなら〜

いえいえ、やはりpuzzling youの方がよろしいのではないかと。
被害者よりは、加害者でいる方が、少なくとも逃亡できる可能性があります。
たとえ鑑賞者であっても加害者には、成り得ると思います。
作品は作者ではありませんし。(何だかズレタこと言って済みませぬ。)

>>143
このスレ、私にとって非常に負荷が高い。申し訳ありませんが、
頭を冷やしてまた後ほど・・・あ、フリーズし

146 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/02(木) 12:23
lyrics:Sympathy for the Devil
ttp://gunther.simplenet.com/v/data/sympathy.htm

147 :考芸人:2001/08/02(木) 20:07
>146

ありがとう。そうなんだ、ヨーロッパの悪魔伝説か。
善は神に、悪は悪魔に。その悪にこそ享楽あり(^0^)
吾は誘惑するもの。ワルガキ有理!とか。

>>145
>このスレ、私にとって非常に負荷が高い。--->ギクッ!


よこちんさん、

マ〜タ〜リやりましょうね(^0^)

で、〜〜love was such an easy game to play〜〜が私の頭に
うかんだもので、恋唄かと思いました。
'Sympathy for the Devil'ですね。そして、デュシャンは誘惑
するメフィストの方だと、ですか?
少なくとも、彼はここに来る人をこんなに混乱させる
のですからね。
ただ、彼自身は少女に誘惑されるファウスト博士みたいです(^0^)

148 :考芸人:2001/08/02(木) 22:06
ナナシノさん、

>>144
>「クダラネー。射精より気持ち良い事がこの世にあるか?」(友人:談)

ある本でこんなことを読みました。
フランス人は何時も女と(男と)肌を触れあいたがる。人前であろうが、
家でも、勿論、ダブル・ベッドの中でも。そして、あまり相手と体を
接しているので、もうあまりセックスはしたがらないのです(^0〜)

149 :よこちん:2001/08/02(木) 23:30
>マ〜タ〜リやりましょうね(^0^)

ありがとうございます。恐縮です(激汗)。
私にとって、超難解=マルセル・デュシャン。
相変わらず、思いつく範囲でポツポツ、書いてみます。

Sympathyの歌詞は「お前ら俺の掌の上でウロウロしてるだけじゃん」
というか、冷たい目で下界を見下ろすような話なんですね。対訳読むと。
(つーか私、英語読めん)
少し抜き書きすると

自己紹介します
私は財産家で贅沢屋の男です
私は幾世も生きてきました
多くの人々の魂と信仰を奪いました
キリストが苦しみ 神を疑ったとき
私はそこに居ました
ピラトは手を洗い キリストの運命を裁いた
そうさせたのは この私

この世の王様と女王様が
勝手に創った神のために
100年間 戦争するのを私は喜んで見ていました
”誰がケネディ一家を殺したのか”と私は叫んだ
でも結局 殺したのは人間達と私

ポンベイ到着前に吟遊詩人が殺されるように
私は罠を仕掛ける
初めまして 私の名前をご存じですね
私の企みに諸君は戸惑っていますね

美術に対してデュシャンがとった立場って、こんな感じかなと
ふと思ったので・・・。

150 :よこちん:2001/08/02(木) 23:33
普段は、何食わぬ顔でチェスをしていて、
美術界に現れるときは、スキャンダル。確信犯。愉快犯。
「遺作」をつくるときも用意周到、秘密裡に20年。
完成すると、それが予定だったかのようにあの世へ
逝ってしまう。実に計画的?(事故に遭わなくてヨカタネ)

具体の人達は「芸術」からどれだけ離れられるか
ということを競っていた様にも思えるんですけど、
彼の場合ハナっからどこか「他所」の人だったんじゃ
ないかという気もします。
偶々美術相手に、デュシャンという名の駒を使って
洒落きっついゲームをして見せたというか・・・。

マルセル・デュシャン事件を引き起こした犯人出てこーい!
などと叫んでみたり(w)

>ただ、彼自身は少女に誘惑されるファウスト博士
みたいです(^0^)

もしかしたらその娘に例のトルソを送ったのですか?
こういう人こそ「真のディレッタント」というのでしょうか(w)。

151 :考芸人:2001/08/03(金) 01:34
よこちんさん、

第二次世界大戦の直前、そして、戦中にヨーロッパから迫害を
のがれて、彼等の文化的植民地、アメリカに降臨した神のごとき
芸術家、詩人、建築家、音楽家、科学者、ーーーいわゆる、
文化的エリート達がアメリカでどのようにして、自分達の信徒を
増やしていったのか?
その神々の一員としての彼がどんなに自由にモンパルナス山の
高みから下界の野蛮な有り様を見下ろしたか?
時に彼が呟いた言葉がアーティスト達の聖書となり、垂れ流した
精液が神の御印として美術館にうやうやしく安置されるように
なったのか?

地上での彼は世を忍ぶ仮の姿を見られたもの(^0^)
神もきれいな女の裸を見れば、空から落ちる(^0^)

だから、ディレッタントではない!神だ!
としておきましょう、アメリカ人に習って(^0^)

あの美しい人は彫刻家で南米のどこかの国の大使婦人、彼女の
作品は同じフィラデルフィア美術館の「大ガラス」の置かれている
部屋の向こうの庭に置かれているとか。

152 :考芸人:2001/08/03(金) 02:26
よこちんさん、

>>150

>具体の人達は「芸術」からどれだけ離れられるか
ということを競っていた様にも思えるんですけど、

ダダ、デュシャンの標語は確かに「反芸術」、「反ブルジョワ社会」
でした。しかし、後に来た具体美術協会はむしろ前衛アートを社会
にぶつけようとしたのではないかと。だから、白髪にしても、元永
にしても、その当時の国際的な美術運動の中でそれなりの評価を得る
ことが出来たのではないかと。アンフォルメル運動のマチューが白髪を
高く持ち上げています。


>もしかしたらその娘に例のトルソを送ったのですか?

たしか、そうでした。娘ではありませんが、MSG151の
大使婦人ですが。悲恋?執念(^〇^)このことに
もっと詳しい方いませんか?いたら、宜しく(^0^)

153 :18-19:2001/08/03(金) 10:05
>>136

お話の流れを楽しんで居ります。

ただ私の記憶では、
精液の作品はトルソではなく、
黒い布張りの小さなカルトンに向けて、
遠慮がちに射出されたようなものだったかと思われます。

しかし正誤はそれほど重要ではない。
むしろそれが素材として用いられたという事実に、
大変興味深いものがあります。
手許の資料(美術手帳/1998.8)によると、
この作品を贈られた人の名はMaria Martinsだそうです。

154 :恋う芸人:2001/08/03(金) 13:36
>>156

Thank you very much.、18-19さん。

出てきてくれて、助かりました(^0^)優しく言われるが、事実
関係は正確でなければと思います。途中だけ読んだ人に悪いことを
してしまった(^0^;)
以下言い訳ですが、どちらかと言えば、私は観賞する方の人間では
なく、作る人なのです。だから、自分に都合の良いように物事を解釈
してしまうことがあります。ですので、今後も同じような誤りを
犯してしまうでしょう。これからもそのようなことがありましたら、
指摘、訂正、宜しく。特に、事実関係について(^0^)


しかし、素晴らしいlove,sexをしてみたい。
夏だ!
裸だ!
去って行ったあの子はどこでどうしていることやら?!?!!???ッッX

私も一つすばらしい作品を射精しようか(^0^)

155 :よこちん:2001/08/03(金) 23:45
>>151
ディレッタントという言葉は、もしかしたら考芸人さん
に誤解させてしまったかも知れません。
確かにあまり良い意味では使われないですね。
ただ、本来は蔑称的な言葉ではなかったようなので、つい。
http://www.dnp.co.jp/museum/nmp/artscape/artwords/a_j/dilettante.html

デュシャンが、美術界にすり寄ることなく最後までマルセル・
デュシャンを完遂できたのは、彼が職業画家ではなく、自分の
やりたい事だけをできたから、という理由もあるような気がします。
その環境が米国にはあったのですね。
米国が、自国の文化を創り上げようと躍起になっていたときに
デュシャンの「作品」は大きな可能性を与えたでしょうね。
その時、デュシャンは?
それまでの美術自体を転覆させるような事をしでかしてるのに、
誉められた。
何処か見当はずれの賞賛。

何故か突然、アーシル・ゴーキーのことを思い出しました。
ヨーロッパから影響を受け続けて、自己の絵を確立したとたん
火が消えるように死んでしまう。生き急ぐアメリカ。

神の高みから見下ろしたデュシャンは、ため息の一つもついたの
でしょうか。

156 :よこちん:2001/08/03(金) 23:47
>>152
「具体」について、思想や時代・社会性の欠如は活動当初から批判が
あったようです。むしろそういった縛りがないからこそ、あれほど
自由な作品を制作し得たのでは、という気もします。
ただ、個々の作品はともかく「具体」としては、「美術から出発した」
ような印象があります。これは、リーダーが吉原治良という美術家
だったからそう思うのかも知れませんが、やはりデュシャンとは対照的
な感じです。

あ、もしかしたら、デュシャンにとっての出発点は
「性愛、謎、ゲーム、思考のスキャンダル」
だったのですか?

157 :よこちん:2001/08/03(金) 23:59
>>153
盲目のまま、考芸人さんにお相手してもらってます。(汗)
機会がありましたら、また18-19さんの話を聞きたいです。

>>152
MSG151というのは、何でしょうか?
Madison Square Garden ではないですよね。(恥)

158 :考芸人:2001/08/04(土) 00:57
よこちんさん、

それでは、今夜のところは一つだけにしますね(^0^)

MSGはmessageの略です。MSG151は151番目のメッセージ
のことです。

実のところはゴーキーやデ・クーニングの話はあまり
したくないのです。
ディレッタンティズムの話も。英国の文化、科学の良き部分
はアマテュアが作り出したもの。真の哲学は在野の人が生み
出した、デカルト、スピノザを見よ!
と言うのは分かりますが(^0^)多くは貴族階級の遊びです。
だからモデスティーがその根底にありますのです(^0^)
これは、このスレのテーマのジンブツには無い!

159 :よこちん:2001/08/04(土) 01:41
>>158
いえいえ、それは考芸人さんの深読みです。
私それほどの知性ありません。
ディレッタントが、貴族の遊び、上品、控えめといったものを
意味するとは考えてもみませんでした。
仕事ではなく自分のために、といった程度に受け取って頂ければ
よろしいかと。

知らない言葉は使わない方がいいですね。(恥)

160 :考芸人:2001/08/05(日) 20:26
「反芸術」も遠くに去り、今や、「美術」の中に再び吸収されて行く。
その美術は、視覚に直接、物理的衝撃を与える物。ステラ、ソル・ルウィット
の近作は散髪屋のねじり棒以上か?ミニマルはピラミッド以上か?

それとも、マンガが?ヲタクが?スパーフラットが状況を逃れ行く未知を見
せてくれるのか?デュシャンが切り開いた空間には先が無い。行き止まり?
--->と、ごちゃ交ぜの独り言。ご免(^0^)

161 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/06(月) 20:15
>>156

>「具体」について、思想や時代・社会性の欠如は活動当初から批判が
 あったようです。むしろそういった縛りがないからこそ、あれほど
 自由な作品を制作し得たのでは、という気もします。

>あ、もしかしたら、デュシャンにとっての出発点は
 「性愛、謎、ゲーム、思考のスキャンダル」
 だったのですか?

よこちんさん、

デュシャンや、具体の連中にとって、社会や世間と言われているものが
彼等に押し付けてくる「成員の一部であれ」、「常識を逸脱するな」は守る
べきものでも何でも無かったのです。それは彼等にとっては馬鹿にすべき、
ぶち破るべき、あえて言えばやわな薄い幕にすぎなかった。だから、彼等は
意識してタブーと戯れてみた。のでは?
視点を彼等からの方向からに切り替えてみて下さい。絶対の自由を追求する
者が常識と対峙(?)するその方向に。

あっ!ちょっとえらそうにいってしまったかなあ〜^0^;


162 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/07(火) 09:46
ほんとにここってオナニースレッドだな。
まあデュシャン自身がオナニー芸術家ってことか。
オナニスト全員集合ってわけか。
がんばってね。

163 :高芸人:2001/08/07(火) 13:04
162さんのMSGでボノボを思い浮かべしてしまった(^0^)
2ちゃんねるはボノボの社会を欲しがる人たちの集団では
ないかと?あそこは平和でいい(^0^)それに比べて
デュシャンは孤独。2ちゃんに合わないジンブツではないかと!

164 :18-19:2001/08/07(火) 18:39
この場合、
オナニーよりはマスターベーションの方が、
より適切かと思われます。
オナニーという語は旧約聖書に登場するオナンに由来し、
彼は地に精を零して神に罰されましたが、
我々はすでに、それによって罰されるような世界、
すなわちキリスト教倫理の世界に生きているわけではない、
というのがその理由です。

165 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/07(火) 19:14
>>18-19
どうぞこれからもマスターベーションがんばってください。

166 :よこちん:2001/08/07(火) 21:39
>>161
デュシャンからの視点ですか。
世間体と常識に縛られている小市民とっては非常に困難な・・・(汗)

ところでMaria Martins嬢に対する求愛の仕方ですが、デュシャンに
とってはごく自然な、普通のやり方だったのでしょうか?
それとも「常識を破ってやろう」等といった意識が、やはりあったのでしょうか?

>>162
うーむ、自慰をするのがこれほど困難な事とは・・・(苦)

167 :工芸人:2001/08/07(火) 22:59
>>164

18-19さん、

ありがとう(^0^)
さっと目は乳と蜜の流れるカナンの地へ、見えてくるのは
罰せられた男の死体。だが、あの時代に現代の人工受精の
技術があれば、地に流れた精を掬いとって兄嫁の子宮の中へ。
さすれば、誰も罰せられず、神の掟もいらない(^0〜)

だから、165さん、貴兄もあまり気にせずに。それは最早
タブーではないのですから(^0^)

>>166
>それとも「常識を破ってやろう」等といった意識が、やはりあったのでしょうか?

よこちんさん、

彼の日常生活は別に異常なところ、演技がかったところは
なかったと思われますが。あれだけの知性の人です、
洗練された紳士として振る舞ったのではないでしょうか。
ところが、頭の中で回転していたもの。これはどうかな?
こう考えます。彼は意識してスキャンダルを楽しんだが、
確信犯。それも反芸術のため。無頼派ではない。

事実はどうでしょうか?18-19さん、教えて下さい(^0^)

168 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/08(水) 02:30

  Λ_Λ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ( ・∀・)< デュシャンをだしに自分を語るなYO!
 (    )  \____________
 | | |
 (__)_)

169 :18-19:2001/08/08(水) 07:59
>>166

「自慰」という語はさらに素晴らしいですね。

>>167

事実はまったくわかりません。
しかし彼女は通じる相手だったのではないか、
ということならば十分に疑えます。

170 :口芸人:2001/08/08(水) 13:53
>>168
>デュシャンをだしに自分を語るなYO!

最高の賞賛ありがとうございます。

MSGをよく読んで、デュシャンのことをある程度知ってから、
コメントしなさいね(^0^)そうでなければ、マトモな賞賛
とは受け取れない。ましてや、マトモな批判とも(^9〜)
こんな親切なMSGを今後は入れませんので、宜しく。

171 :考芸人:2001/08/08(水) 14:17
>170の続き

デュシャンの作品はアインシュタインのベロッと
出した舌!アッカンベー

172 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/08(水) 23:38
デュシャンは大金持ちのぼんぼんと聞いたが
これいかに?

173 :18-19:2001/08/09(木) 00:41
>>172

経済的にはまったく困らなかったようですが、
決して大金持ちではありませんでした。
典型的な中流家庭です。
彼の父は公証人でした。
田舎の名士という感じでしょうか。
パリ時代のデュシャンは
新聞の挿絵描きをしていたらしく、
仕送りが十分ではなかったということのようにも思えます。

174 :よこちん:2001/08/09(木) 23:20
>>167.169
ありがとうございます。ふと気になったのでお尋ねしました。
他にも気になった事があるので、纏まらぬままですが、書いてみます。

レディメイドに選ばれたモチーフが、後年版画にも使われています。
繰り返しを嫌うデュシャンが、同じモチーフを再び使ったのは
何か大きな作品の一部を構成するため、とも思うのですが。
初期の絵画が「大ガラス」の一部に使われたように。
あるいは、小説家が長編の一部になるエピソードを書くように。

スキャンダルを好むデュシャンがなぜ「遺作」のためとはいえ、
長い間沈黙したのか不思議です。
当時の事情を知らないのですが「遺作」は沈黙に見合った衝撃を
美術界に与えたのでしょうか。

美術界に対する関心よりも自分の作品に対する関心の方が強かった
様な気がしてなりません。
「遺作」ではなく「マルセル・デュシャン」という作品に。

デュシャンの世界に棲む人々にとって「精液」は花束や宝石よりも
優れた「求愛のしるし」だったのでは、という気もするのですが。

やっぱりこの人よくわからん・・・(鬱)

175 :よこちん:2001/08/09(木) 23:31
「泉」事件によって、美術を無意味なものにしてしまったデュシャンは
美術に未練があっただろうか、とも思いました。

176 :考芸人:2001/08/10(金) 01:01
よこちんさん、

それでは、ここで見方を変えましょう(^0^)
彼は何を目指したのかを彼の作品を考察することによって
さぐる方向に。さあ、彼を追い詰められるか?
だめで元々(^0^)

「大ガラス」は4次元を平面の表面に現出させた物との
話を紹介しましたが、あれはパリの国立ピカソ美術館、館長で
1995年のヴェネティア・ビエンナーレ総監督、ジャン・クレール
の説です。彼のこの考察はデュシャンというブラック・ボックス
をこじ開ける一つのキー・ワードになるのではないかと思われます。

私の考えを簡単に次回のMSGで書き込みますので。

177 :香芸人:2001/08/10(金) 22:35
前のMSGでジャン・クレールの4次元などと書いたが
以後はこの4次元という言葉を借りて私の愚考を述べるのみ。
それに、4次元(時間)を運動ととらえ画面上に現そうとしたのは
何もデュシャンが初めではない。イタリア未来派は機械、運動、躍動、
スピード、奔流を美と宣言する。すでに第一次大戦の前に。
この大戦はしかしヨーロッパ人のそれまでの常識をぶっ潰した大事件。
そして自然科学の異常な発達、アインシュタイン。
こんな、あんなで古典的な全ては通用しなくなったのだ。
美術だけが従来のままで行く物かね(^0^)
それで、先端を行く人たちは美術に大変な不可能をやらせようとした。
無茶をやったのである。よこちんさん、そらちょっと見ただけでは何んで
美なのかは分からんわね(^0^)
未来派の一人は犬の動きを表すのに脚を何十本も胴体にくっ付け、
御丁寧にボカシたりする。ボッチョーニももっと壮大に画面を分割、
面の交叉、色を光のように扱いスピード、ヤクドウ、ベクトルを感じ
させようとする。彼の彫像などはひょっとしてこれはサマトラケの
ニケが動き出そうとしているのかと思えなくもない(^0^)

ということで、先程飲んだアルコールがちょっっとさめて来た。
バリ島のジェゴグ(CD)も終わった。デュシャンのことは次回にさせて。
ご免(^9〜)

要は、言いたい事は何が美だと言う事が変わってしまった。
ビジュツが自分を越えるとんでもない概念を飲み込もうとしていた
ということで〜ス(^0^)

178 :よこちん:2001/08/10(金) 23:44
犬の絵を描いたのは、ジャコモ・バッラでしたっけ?
初めて見たとき、赤塚不二夫のマンガみたいで笑ってしまったような
記憶があります。未来派の連中もまさか後年日本のギャグマンガの中で、
自分達の手法が使われるとは思っても見なかったでしょうね。

人間の思考は光より速いという説があります。
目の前の晩御飯について考えてから、宇宙の果てのことを考える。
ほれみろ、光より速いじゃねーか。という他愛ない話です(w)

179 :そちん:2001/08/11(土) 02:08
白状します。
作品について考えるだけの知識が、無いのです。
デュシャンの作品が、お互いに補填しあう形で存在する、と思われる
以上、それについて考えるためには、少なくとも「大ガラス」「遺作」
を構成する作品群についての知識(作品、題名、制作年度、作者の言葉、
批評家の言葉)は最低限必要だと思うのですが、現在、私はそれを用意
することが出来ません。画集すら入手出来ない。
今手元にあるのは、一冊の薄い図録だけなのです。
これ一冊で、今まで吹いていました。
申し訳ありません・・・(嘆)

180 :さげちん:2001/08/11(土) 02:15
私にとって、デュシャンは「敬して遠ざける」存在だったのですが
このスレッド、とりわけ考芸人さん・18-19さんのおかげで
デュシャンについて考える機会を持てたことを嬉しく思います。

「マルセル・デュシャン」という世界があること。
彼の世界は様々な言葉、謎、エロス、論理、ゲームで満ちていること。
それは読み解くべきもの、ということ。(これは、彼が複製を認めた
理由かも知れません)
彼の世界から美術に向けて、事件、謎、スキャンダルというかたちで
入口が設置されていること。(あるいは文学、哲学の世界にも入口は
あるのかも知れませんが、今の私にはわかりません)

私の考えが正しいとは思いませんし、お二人にとってみれば子供の遊びの
様なものかも知れません。しかし、デュシャンについて少しでも、自分の
考えを持つことが出来たのが、嬉しい。これから、それについて考える事
が出来ますから。

このスレッドが続いて、私も、自分の考えを進める事が出来ると感じた時、
再び参加させて頂くことがあるかも知れません。

今私が、のぞき穴から一瞬デュシャンの世界を覗いたとき、微かに見えたのは

・・・Area and Lingerie という言葉でした(w)

181 :its:2001/08/11(土) 22:53
>>134
超亀レススマソ。僕は写真板にはいってないですよ。ろくなカメラ持
ってないですし。
デペイズマン。これって結構重要なタームですよね。「場違いなとこ
ろに追放されること。或いはそのときに感じる居心地の悪さ」とでもい
う意味でしょうか。エルンストのコラージュロマンや、シュルレアリスト
による「優美なる屍骸」、マグリットの一連の作品群、なんかはその代
表的作例ですよね。
(それにしてもしばらく間を空けてしまってもう話題についていけなくな
ってきたです。愚レススマソ)

182 :高芸人:2001/08/11(土) 23:29
そうか、さげちんさんか(^0^)仕方ありません。
それでは、またね!

そういって俺も作る人(写真)。あまり凄い相手だと
引きずられてしまって、自分を無くすことがあるので、
あまり深入りしないようにしなければ、考え過ぎない事(^0^)
で、軽く一発、

「階段を降りる裸体No.2」なのです。(前に初期の油絵はあまり感心
しないと書いたが、これのことではありません。もっと初期の物のこと
でした。)それで、これが4次元への入り口かな?未来派がやはり
それまでの油絵の画面構成のなかで運動、ベクトルを表そうとしたのに
対して、彼はマイブリッジの人や動物の歩む姿の連続写真を一枚の画面
の上に重ねて描いたようとよく言われる。ここです。薄い画面が何枚も
少しずらせて重ねられる。重ねのズレに異次元が現れるのは。
しかしキャンバスを使っている限りどうもがいても従来の油絵の美学
を超えることが出来ない。

ガラスはもはやキャンバスを離れ、もっと異次元を物理的に捕らえ得る素材。
あの大ガラスはその上の描かれた物の向こうに在る物が見える、機械のラヴ
ストーリーの向こうに全く次元の違う物が。それにガラスは透明ですが、
光の当たる角度で反射したり、半透明になったり、鏡にもなる。
しかし、ガラスの作品も一度完全な物を作ってしまえばなんという事はない。
搬送中の事故による偶然の亀裂以外は。だから、「大ガラス」は外の世界の
中に、外の時間の中に出て行ったデュシャンの頭の中です。

だが、レデーメイド、その他は外の世界の時間を彼の頭の中の時間に
引き込む企み。さあ、反芸術だ、スキャンダルだ!

と一気にはしょって、書き込み終わり。次の方にバトン・タッチして
世界陸上でも両目で見ようか(^0^)

要は、異次元への、異時間へのワープです。だから、さげちんの
高速の話は実践すればもっともっと面白いのです(^0〜)

あれっ世界陸上終わってしまったよ(^0^)

183 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/11(土) 23:40
>>182

さげちんさん、
ご免ご免
さんを忘れた。許してね^_^;
また来てね^0^

184 :考芸人:2001/08/12(日) 00:06
>>181

itsさん、

また宜しく。そして、シュールレアリスムに於ける
「愛」についても書いて下さればと(^0^)

それにしても、最近は日本にいて日々デペイズマンを
感じてるなあ〜

185 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/12(日) 02:13
>>183
ありがとうございます。

186 :考芸人:2001/08/12(日) 21:46
>>181

itsさん、

そうですか、いや、写真板にits某と言う人物がいたものですから。
失礼しました。

で、あのフィルムの薄くて透明なところ、デュシャン的だと思われ
ませんか?
中川政昭というプリント仕上げの上手い写真家がいるのですが、
99年に彼はフイルムやガラス乾板を熱で加工したものを作品として
発表しております。
やはり、ここにもデュシャンのDNAが生き残っている(^0^)

187 :18-19:2001/08/13(月) 02:07
>>179

それは大した問題ではないです。

この板の自由で無責任で興味深い発言だけを追って進むことも、
決して悪いことには思われません。

しかし、デュシャンに関するHPも決して少なくありませんので、
必要に応じて検索してみるのもよいかと思われます。

188 :18-19:2001/08/13(月) 02:16
>>180

子供の遊び!

子供の遊びは極めて隠喩的なものとして、
最高度に危険なものであるがゆえに偉大です。
フロイトはそれを、多形倒錯と言い表わしたように記憶します。
この板にも、その多形性が流れ込もうとする徴候が見られます。

189 :++++:2001/08/13(月) 06:48
ただこのスレ見てて思うのは、私小説的な解釈を多形倒錯的に
赦してしまうような、デュシャンのいわゆる「謎めいた」側面
ってちょっと胡散臭くもあるんだけど。

190 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/13(月) 14:51
デュシャンて、まだ成仏してないみてーだしさ
それまでの見方で収まりが悪ければ、違った見
方を色々試すのは良いんじゃねーか?
作品鑑賞=創造行為とも言えるわけだからさ。
そのうちハマッタ見方をする奴も出てくるだろーし。
謎を解いたら「うそぴょん」でした、なんつったら
最高だな(藁)

191 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/13(月) 14:58
にしても、確かにこのスレは私小説=自慰になりすぎてて、読む気が失せるな。

192 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/13(月) 21:21
要するにデュシャンってもっとも語り易い作家のひとりだってこと
だね。
語ろうと思えば、幾らでも好き勝手なことを安易に語りつづけるこ
とができる。

193 :考芸人:2001/08/13(月) 21:51
かもね?プッ

今日はこれだけ(^0^)

194 :よこちん:2001/08/14(火) 00:34
>>187-188
私、例えば「カザルスにとっての鳥」でしょうかね。
そう考えると少し気楽に構えられるような気がします。
何か思いついたらまた書き込んでみます。
レスありがとうございました。

195 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/15(水) 13:32
>>189

「私小説的」とはどのようなことを表すのでしょうか?

196 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/15(水) 14:06
>>195
恐らく、他人が聞きたくもないような自分の羞恥を、
露出狂的に、節度も恥ずかしげもなくだらだらと書き続けることでしょう。
日本の近代文学の汚点とされていますが、
一部外国人研究者の間では日本の構造が見える、ということで注目され始めてるとか。

197 :190:2001/08/15(水) 15:02
>>196
このスレに当てはめると、デュシャンの構造ではなくて
解釈している奴らの構造が見えるっちゅーことか?
だったら、その共通項を探ってけば何らかの普遍的
デュシャン像が浮かぶんじゃねえのか?デュシャンの事
喋ってんだからよ。
このスレがそれまで続くかどーかわからんが(藁)

でもぉ評価が決まってないものをぉ、おちんこ晒しながら
解釈してくのってぇ、外人のスマートな解釈待ってるよりぃ
ス・テ・キって想っちゃうあたしってエッチな子かしらん?

かわいくまとめてみました(ハァト

198 :考芸人:2001/08/15(水) 15:49
>>191,196

私小説の定義
新明解国語辞典(初版)によると、
「作者の身近に起こった事実をそのまま材料とした、
 現代日本独特の小説。わたくし小説。」

では、デュシャンがここに書き込んでいるのですな(^0^)
自分の女のこととか、精液のこととか。

それとも、貴兄の板に対する御意見は、一切書き込み人の
ことは書いてはいけないと?感想も?面白くも無い学術論文
のごとく書けといわれるのですか?そんなの腐るほど至る所
のHPにある。しかも新説ほとんど無し。

板が生きるのは臨場感(^0〜)
今、ここで誰かがその事を考えている、死んだ思考では
無いと言う事だと俺は言いたい。

199 :18-19:2001/08/15(水) 18:57
>>196
>>198

なるほど、ご教示頂きありがとうございました。

しかし、ここでの「私」というのは、
公的なるものとの差異から浮き上がる「私」のことですね。
夢想を含め、考えることは確かに身近な現実ですが、
その立場に公的性格が殆どあるいは全くない場合
(欠如といってもよい)、
それは羞恥の感覚を含まないし、
私小説的でもありえないと思うのですが、
いかがでしょうか。

その方面とは無関係な「私」というものがあると私は信じます。

200 :考芸人:2001/08/15(水) 20:24
>>199

18-19さん、

貴兄のMSGを私がよく理解し得たかどうかは
分からないが、例えば私がここで作り上げようと
している、X芸人という人物は私ではないと言う事も
出来ますね(^0^)コテハンを使うのは、一貫した
考えをデュシャンに対して持っていると思わせる
ためとか(^0^)どちらにしても、ここは私小説
から遥かに遠い世界。なにせ、不特定多数の書き込み手
が参加している。
「ーーー的」と196さんが言ったのは私小説作家が書く
ような、

>他人が聞きたくもないような自分の羞恥(196)

が書かれていると196さんが勘違いしてのことと思われ(^0^)

201 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/17(金) 00:17
漫画家の坂田靖子さんがデュシャンが好きですよね。
作品の後書きやエッセイ、HPでもデュシャンを取り上げています。
「こういう見方もあるんだ」という感じで一度読んでみては。

202 :素人ですが:2001/08/17(金) 00:42
森村泰昌さんってデュシャン派なの?
模倣品作ってるし。
自分の写真撮ってるし。

203 :ナナシノ:2001/08/17(金) 01:45
結局2chでどう振舞うか。ってことは、自分にとって「フィクション」をどう捉える
かってことを図る良き踏絵になると思う。生々しい現実のやり取りなのに、全て
が匿名だから対話の基盤そのものが幻想と認識しないと、不可逆的なまでに
外してしまう。「コテハン」は一時的な記名システムだけど、それゆえ考えの浅い
人々から「攻撃に値する価値」と見なされちゃう。これは僕のココロからのコトバ
だけど、そう見なす奴ってほんとうにバカみたい。

2chの言葉に「人格」など無いし、「意志」もない。発言者のHNなんか関係ない。
定期的に「政治的淘汰」が起きたりするけど、これだって「幻想」から発動する
ちからにすぎない。ハタから観てると実に寒い。連日下らないレスを付ける自分
こそ2chにふさわしい。なにしろ懲りないんだから。

単発が繰り返される。それが2chなのだ。
×芸人さんのコテハン戦略はこの辺に自覚的で批評的な振る舞いだと思う。

そして、こんな風に主体が絶えず揺らぐ場所を、デュシャンは既に知っていたかの
ように見える。おそらく、世界とは2chのことだ。デュシャンとは誰なのか。

204 :18-19:2001/08/17(金) 03:39
古い話で恐縮ですが、
アンドレイ・タルコフスキーの映画『鏡』の中で、
彼の父による詩が引用されており、
そこには確か、

「あらゆる時代の/あらゆる場所に/私がいる」

という旨の下りがあったように記憶しています。
私にとっての私とは、まさにそのような私を意味します。
また私は、いかなる私もそのような私であればと望む者です。

205 :18-19:2001/08/17(金) 04:17
>>201

坂田靖子さんのHP、拝見致しました。
丁寧な見方と親しみやすい文体に好感を覚えました。
マルセル・デュシャンの紹介としては上等の部類です。

ただし、
デュシャンと芸術との接線を軸にお話を展開されている点に、
物足りなさを感じたことも事実です。
そのことによって、せっかくの彼女独特の視点の遊びも、
従来の近/現代美術史上の椿事としてのデュシャン像に
舞い戻ってしまうことになるからです。

206 :18-19:2001/08/17(金) 04:23
私にとってマルセル・デュシャンとは、
誤って小石に分類された卵となるべく偽装した木の実です。

207 :18-19:2001/08/17(金) 04:26
しかし往々にして芸術界は、
卵も木の実も小石に分類する過ちから抜け出せずにいるようです。

208 :18-19:2001/08/17(金) 04:28


207は特に『ミニマル/マキシマル』展に対する私の抗議です。

209 :通りすがり:2001/08/17(金) 07:29
デュシャンとはなつかしい!ということで通りすがりのカキコ。
昔まだびっくりハウスがあった時代にデュシャンがよくパロディの題材にされていました。
当時まだ中学生でデュシャンについてまったく知りませんでしたが、なんとなく、うかつに軽んじてはいけない存在であるという雰囲気だけはわかりました。
その後何冊か本を読んだりしてある程度の知識を得ましたが、作品や生き方などの解釈が人によってあまりに多様でかつ難しいので投げ出した思い出があります。
いまだにこのようなスレで果てしない議論が続くことから考えてもたいへんなヒトですね。

210 :考芸人:2001/08/17(金) 20:42
>>204
>「あらゆる時代の/あらゆる場所に/私がいる」

それは、やはりニーチェでしょうか?
ニーチェは永劫回帰と言いました。

自分はかっていた全ての人である。過去のニーチェであり、
シェイクスピアーであり、ソクラテスであり、ジョン某
であると(^0^)

存在を支える神が無くなれば、存在が存在を支えることに
なりますね。全ての存在がお互いに響きあってこの世界を
波動の内に存在させる(^0^)

当たり前ですね、何のいわれもなく目の前の人、石が突然
消えてしまうこと(^0〜)そんなことは起こり得ない。

また、過去にいた人がいたから私もいる。

それとも、貴兄がなりたいのは、不死のひと?
さまよえるオランダ人?

オーイ、デュシャンはどこへ行った(^0^)

211 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/17(金) 21:35
>>210
永劫回帰ホントに理解してる?

212 :考芸人:2001/08/17(金) 22:10
いや、本当に理解しているか、どうかな、私は
知らない(^0〜)私に頼らず貴兄が判断しなさい(^0^)

それよりも、ニーチェのこう笑を貴兄も共に笑いなさい(^0^)
別次元での遊び(^O^)

213 :18-19:2001/08/17(金) 22:29
残念ながら、ニーチェを読んでいません。
従って、タルコフスキーの父がニーチェを引いたかどうか、
全くわかりません。

>デュシャンはどこへ行った

彼か?あなたか?わたしか?

214 :デュシャン:2001/08/17(金) 22:58
私はデュシャンですか?

215 :考芸人:2001/08/17(金) 23:43
>>208
>『ミニマル/マキシマル』展に対する私の抗議です。

18-19さん、

何かありそうですね?
宜しければ、デュシャンとミニマリスムについてとか、
何故、貴兄が抗議なさるのか教えて下さい。

私はあれには行きたかったが、結局行っていません(^0^)

216 :考芸人:2001/08/20(月) 19:38
>>202
森村泰昌さんってデュシャン派なの?

素人ですがさん、

遅れレススマン。ROMしてる?
私も森村のことは良く知らないのですが(^0^)誰もレス付けないので。
で、まず反芸術が美術の中に飲み込まれて行く例の一つ、
ダダ、シュールレアリスムのスキャンダル--->1960年代の
パーフォーマンス--->現在、インスタレーション
と乱暴にアートにおける演劇的要素の中心的な関心の変遷を辿って行くと
前の形をも残しながら、段々おとなしく、商業的になって行くことが
分かります。森村もこの流れの今の現れですね。だから、現代美術の流れの
線上にいるのでしょう。
ただ、彼の仮装写真はより強くシンディー・シャーマンとの関連を指摘
出来ますね。森村の写真が観光地の世界奇妙展示館のポップとすれば、
彼女の物はもっと批判的に人格の破壊を狙っていると考えられますがね
(^0^)

217 :∝∝∝∝∝:2001/08/20(月) 21:24
卵と木の実をごっちゃにするようなカテゴライズをすれば
戦後のポップアート、シュミレーショニズムなんかは、
デュシャンの影響の下にある運動だといっていい。
抽象表現主義とか、もの派とか、セザンヌがどうのこうのとか
いってる人たちはデュシャンは嫌いなのかもしれない。

218 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/20(月) 21:41
∝∝∝∝∝

219 :考芸人:2001/08/20(月) 22:02
まずは、すいません。218は私が過って流したもの。

>>217

∝∝∝∝∝さん、

それは、存在論を作品でやっているか、どうかということ?
であれば、デュシャンはなにをやったのだろうか?
世界内存在の軛から逃れ得た天使の思考にしては少し生々しい
ところもある(^0^)し、やけに清らかで、輝かしい
ところもあるあの最後の作品をどう見るか?

(私のレス貴兄のコメントに噛み合っている?)(^0^)

220 :∝∝∝∝∝:2001/08/20(月) 22:29
「存在論」という用語をどう理解すればいいのかちょっとあれだけど、
デュシャンはどちらかというと、事物の深さみたいなものは追求
しない方じゃないのかな。存在の表面をどこまでもすべりおちていくような..

「遺作」は作者=鑑賞者=窃視者という点が重要なんじゃないかと

221 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/21(火) 01:50
デュシャンは無限に深読みできる作家だ。
彼は実体としての作品をもって『謎』を創造した。
彼は、
芸術の意味を拡大した。
あるいは創造性そのものとして提示した。
芸術はデュシャンによって崩壊したとも言えるし
デュシャンによって脱構築されたとも言える。

222 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/21(火) 14:30
で、デュシャンの作品っていくらなわけよ。

223 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/21(火) 21:53
De ou par Marcel Duchamというのが32200メbンドで落札されてるみたいだけど。
クリスティーズで。

224 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/22(水) 15:06
ごしゃくまんえんぐらいですね。

225 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/08/22(水) 15:16
バチェラーズ?

226 :工芸人:01/08/26 11:34
彼の版画、サイン無しならば安いし、時々でますよ。
どこかの展示会のポスターが欲しいなと思っています。
ガラスの作品の斜向こうから彼がこちらを窺っているものとかあれば(^0^)
ところで、彼がひとり郊外の道ばたで夕方に立っている写真
があったと記憶していますが、あれはカッコいいな。
ジャズマンか、バローズか(^0^)

227 :∝∝∝∝∝:01/08/27 00:14 ID:FaMQQ1Zs
いい男だよな。

228 :∝∝∝∝∝:01/08/27 00:26 ID:P/mbyWiY
TEs

229 :∝∝∝∝∝:01/08/27 00:29 ID:P/mbyWiY
227=228だけど、IDかわるね

230 :よこちん:01/08/30 23:50 ID:7UI8ubUY
>>176
超遅レスになってしまった・・・
いまさら「四次元」についてなんですけれど。
どんなものかは、見当もつかないのですが、なぜか計算する
ことができるんですね。

三次元球の体積  4/3πr3  表面積  4πr2
四次元球の体積  1/2×π2r5   表面積  2π2r3


現実に見えないが、様々な手がかりを元に解明(計算)
していくことはできる世界・・・
どこかデュシャンの作品と似ている様な気がしました。

>>182
>ガラスはもはやキャンバスを離れ、もっと異次元を物理的に捕らえ得る素材。

ガラスは透明ですから、とりあえず無いことにして考えると、
何もない三次元の空間に亀裂だけが浮かんでいることになるから、
デュシャンは、三次元に亀裂が入ったと思ったんでしょうかね。

ところで「大ガラス」はガラスで絵を挟んであるのでしょうか?
もしそうなら、触れそうで触れない世界=
>「外の時間の中に出て行ったデュシャンの頭の中 なのかなと。

>>208
『ミニマル/マキシマル』は私も見ました。思ったより幅広い人選
だったような気がしたのですが、絵画が無かったのが不思議でした。
ライマンや初期のマーデンは評価が低い?ちなみにどれが木の実で
どれが小石かはさっぱり・・・(w)

231 : よこちん:01/08/31 00:51 ID:aflYAhCM
>>230
×どれが小石か
○どれが卵か

232 :光芸人:01/08/31 02:50 ID:GY4u2ru2
よこちんさん、

またのお出まし、お元気のようでなによりです(^0^)
私は文字化けお化けに捕まってもがいています。
このオーロラが消えたらまた出現しますので少々
お待ちのほどを。今、モダニズム建築を確立した
ミース・ファン・デル・ローエとデュシャンの
思念の類似について考えているところでして、
この2ちゃんねると私のPCの組み合わせの混乱の
間にもう少し面白いところに私のアイデアを落ち着かせ
ようと日々あれや、これやこね回していますので(^0^)

233 : 18-19:01/08/31 17:45 ID:Gu6J6iG.
>>215
>>230

ミニマル/マキシマル展について

小石、木の実、卵、どれもそれなりに良いものだと思っています。
しかし、それが単なる見かけによって混同されてしまうのは認められません。

むしろ混同することをよしとするような観点が、ミニマリズムという
概念に含まれているのかも知れません。
あるいは外面的な印象しか意味しないのではないかと疑っています。
例えば大衆という言葉の構造にも似たところがあるようです。
簡略に過ぎて使用に絶えないといったところがあるように思われるのです。

あの展覧会から受ける印象は立場の多様性であり、
ミニマルという思想ではなかったように憶えています。
だからといって、そのようなものがあるとも思えません。
マキシマルに多様性という意味が含まれているとも思えません。
MAXIMUMならば極大を意味することになりますが。

234 :わたしはダリ?名無しさん?:01/08/31 19:38 ID:N4dYbVss
うるさいです

235 :18-19:01/09/02 03:03 ID:SkAtNPW6
ミニマリズムないしミニマルアートという言葉は、
黒い人を黒人、白い人を白人と呼ぶ程度の知性が、
間に合わせにつくり出したものなのではないでしょうか?
それを間に受けて有り難がるなど、愚の骨頂です。

236 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/02 10:10 ID:m1akWh.Y
うるさいでしゅ

237 :よこちん:01/09/02 16:07 ID:12qJvdZk
>>233
予め区分けされていると安心する人間にとっては、耳が痛いです(大汗)
個人的には実際に作品を見る機会が殆ど無いので、とにかく実物を見る
事ができて良かったとも思うのですが、多くの人が、実物を見られれば
良いと言っている状況で、展覧会の品質を高めるのは難しいのでしょうね。
与えられた見方ではなく、自分なりの見方を持ちたいとも思いますが、
これもまたなかなか・・・

以下ミニマリズム、ミニマル・アートという言葉に関する引用です。

「最近ミニマル・アートについていろいろ書かれているが、私はこうした
ことを認めるという者を知らない。プライマリー・ストラクチュア、
リダクティヴ・アート、クール・アート、ミニ・アートと呼ばれるような
ものも登場してきている。私が知っているアーティストで、これらのどれ
かに属すると認める者は一人もいない。それゆえ、私なりに出した結論を
いえば、それは批評家が美術雑誌という媒体をつうじて意志疎通をはかる
さいにもちいる秘密の言葉の一部だというものである」
ソル・ル=ウィット

238 :よこちん:01/09/02 16:09 ID:12qJvdZk
「思うに〈ミニマリズム〉とは芸術のスタイルの名称ではなく、ある歴史的
モメント、つまり戦後アメリカ美術の華やかな連なりにおいて批評的思考や
創案が突発的にあらわれた短い時機に対する呼び名なのではないだろうか。」
「〈ミニマル〉ということばは最近ではアートの様式上の簡潔さを指して漠然
と使われている。〈ミニマリスト〉という用語が視覚芸術の作品に当てはめられた
場合には、漠然とではあるにせよ、少しははっきりとしている。明瞭な含意が
ふたつあり、〜中略〜──工業的な美学と、アートとノン・アートとの区別を
ぼかしてしまうこと──は、1960年代のアメリカ美術に、それまであるいは
その後もほとんどみることのできないような哲学的な活気を与えたのであった。」
「〈ポップ・アート〉と〈ミニマリズム〉はどちらもアーティストたちによる
創造というばかりではなく、〜中略〜付随的な美術界の専門家たちによる創造
でもあるのである。〈ミニマリズム〉という用語は芸術を公衆の消費用に加工する
この補助的な産業の専門語に属しているのである。」
ケネス・ベイカー

言葉が一般に浸透してしまったので、使わない訳にはいかないそうです。
ベイカー氏によれば、ボイス、イヴ・クライン、マンゾーニ、カロも広い意味での
ミニマリズムの定義に含まれるそうですが、そこまで行くと「60年代以降は全て
コンセプチュアル」等というのと似てくるような気もします。

>>236
読む際に耳栓を用いるのが宜しいかと。

239 :よこちん:01/09/02 16:24 ID:12qJvdZk
>>232
>文字化けお化けに捕まって

2chだけでしたら批判要望板のトップに対処法があるようです。
http://teri.2ch.net/accuse/index2.html

そうでなければ・・・ご健闘をお祈り致します(-人-)

240 :18-19:01/09/03 05:36 ID:QFLyH.Ig
>>232

ミース・ファン・デル・ローエとデュシャン?
私にとっては意外な組合せです。
近代とか等質性とかがキーワードになるのですか?
それとも…
アウトラインだけでも教えて下さい。
とても楽しみです。

>>230

ライマンはその保守性というべきか、
どこか冒険に欠けるところを感じるけれど、
それでもやはり素晴らしいですね。

私はウォルター・デ・マリアを愛しています。

241 :光芸人:01/09/03 23:27 ID:/XquWMuI
>>230

よこちんさん、

>三次元に亀裂が入ったと思ったんでしょうかね。

うまい(^0^)偶然がワームホールを作ったと〜@x@〜

4次元については、彼はうまくコロンブスの卵をやりますよ。立体で。
つまり、台の上で自転車の車輪でも模様を描いた円盤でもをまわせば良い。
ハイ

それから、「大ガラス」は多分1枚のガラスで出来ていると思いますが、
フィラデルフィアに行ってませんので?です。だれか、行った人よろしく。
で、ガラスの上に手描きしたのでは?彼はあらゆる技法を使いますので
一部エッチング?---詳しくなくすんません(^_^;


>>240

18-19さん、

ミース・ファン・デル・ローエのファン・デルから長い間彼がオランダ人
だと思っていました。この太ったヒッチコックを思わせる男がアーヘン
生まれであることは私の種本「ミース・ファン・デル・ローエの戦場」
田中純著(彰国社)ではじめて知りました。バウハウスの校長、鉄と
コンクリートとガラスで高層ビルを建ち上げモダニスム建築の国際様式を
確立したこの男はまた女たらしで、女施主に高い買い物をさせたことが度々
あります。現代のパルテノンとまで安藤忠雄に言わせたファンズワース邸
の建設にあたって値上げを繰り替えし、はじめ恋人であった婦人と最後には
訴訟沙汰まで起こします。やっと完成した家はそれこそ人が安心して住める
家ではないのです。外壁はみな透明なガラス。外から丸見え(^0^)
で、問題はこのガラスです。ここで彼がデュシャンと繋がる。
彼らは薄い幕に過ぎないガラスがそれを使った物を異次元の入り口に連れへ
行くことを知っていました。つづきは近日中に(^0^)

ところで、ミースはLess is more.なる言葉を残しています。
「より少ないことはより豊かである。」まるでミニマリスムの最高の標語
ですね。彼の建築はすべて、特にアメリカに渡ってからは四角い鉄格子の
骨組みで立ち上げられたボックスばかり、最高のミニマリスムの作品群です
よ(^0^)

242 : 18-19:01/09/06 03:27 ID:AkCQ8juo
>>241


バックミンスター・フラー(彼も見えないドームの人でした)や、
シュマッハー(彼は経済学者だったでしょうか?)は、
たしか、

Do more with less.

と言ったように記憶していますが、
面白い違いですね。

お話しの続きを楽しみにしています。

243 :NEPNN:01/09/06 03:34 ID:ZrTeW4qQ
このバンドはデシャンぽい事やっていますね。
http://www38.tok2.com/home/bospope/

244 :光芸人:01/09/06 22:31
詳しいことは、興味があれば田中氏の「ミ−スの戦場」を読んでもらう
ことにして、やはり私は私風に書きます(^0^)

建築家の他のアーティストと違うところはなんと言っても彼がその仕事を
完成させるに要する金の高がまるきり違うことです。個人住宅でもそう
ですが、これが高層ビル、公共施設、地域開発ともなれば時に何十億の、
あるいはそれ以上の金が動きます。ちょっとした芸術家気取りにそんな
仕事を誰も任せません。事を成すであろうと人が認める力が必要です。
だから、巨匠と呼ばれる建築家はすべて自分の理論を構築し自分の作品の
価値を権威づけるのです。しかも、その理論は旧来の理論と異なった
独自のものでなければなりません。そうでなければ、先輩の大先生に
全ての仕事を持って行かれます(^0^)

さて、新しい時代の精神を考えていたミースは、ダダ運動に接近して
おります。またモンドリアンのデ・スティールの影響を強く受けております。

1921年、彼はベルリンの繁華街、フリ−ドリッヒ・シュトラーセに面した
一辺100mばかりの三角形の空き地に高層ビルを建てるプロジェクトに対して
画期的な計画案を作成する。鉄の骨組みで立てられた20階の高層。三角形の
土地に三塔、真中のエレベ−タ−棟に結ばれて、一つの巨大な塔のごとく
三角柱が立ち上がり鋭利な刃物のごとく△の先端が尖っている。外面は全面
ガラスカーテン・ウォール。
この案は結局採用されませんでしたが、時は1920年代、くすんだ円屋根
三角屋根の中低層建築の累々と魔窟のごとく立ち並ぶ旧ベルリンの街中に
突然浮かび上がった輝くガラスの高層ビルは時に中が透けて見え、夕陽で
金色に輝き、時に旧ベルリンをその鏡面に写し出し、この都市を機械と
工業の時代に連れて行ったに違いありません。魔都ベルリンを新しい時代の
精神に染めていたに違いありません。天使のベルリン(^0^)
それはまるで、一点デュシャンの便器が展覧会場に置かれたその時に
それまでの美術思潮に亀裂が走ったごとく、ではないでしょうか(^0^)
大ガラスがモノリスのごとく眼前に立ち現れたごとく、ではないでしょうか?

このつづきはまたの機会に、

245 :考芸人:01/09/13 13:06
ガラス・カーテンウォールに亀裂が入った。メビウスの帯を突き抜けて
透明な未確認飛行物体が異次元に貫入、新しい世紀がはじまった。

246 :18-19:01/09/14 15:06
実に幼稚で野蛮な精神から発した悲劇です。
しかしさらに恐ろしい問題は、
野蛮に対するに野蛮をもって応酬しようとする、
大国の態度ではないかと思われます。
いかに多大な犠牲が払われたにしせよ、
報復という観念は正当と呼べるのか?
シーア派の人々はこれをどう捉えるのか?

247 :考芸人:01/09/14 21:52
>246
>実に幼稚で野蛮な精神から発した悲劇です。

18-19さん、

かくして、私達はいつも馬鹿どもの愚行に悩まされるのです(〜イ〜)

しかし、今度のは何か繁栄する物質文明に圧迫された宗教、ほおって
おかれた精神世界の反撃の感もします(_I_)
昔デュシャンもミースも難を逃れてアメリカへ。そのアメリカが今度は
狙われる。

248 :18-19:01/09/15 08:43
イスラムは三大宗教の中で最も新たに成立したものですが、
そのありかたとしては最も古い宗教である、
という話を記憶しています。
これは近現代と古代との対立でもあるでしょうし、
諸世界と単一世界の対立でもあるでしょう。
しかしここで対立するふたつの世界において、
崇められている神は基本的に同じ神であります。
アラーの意味はThe Godです。
神との人との関係性からすれば、
一方は父であり、他方は主人であるという違いはありますが。
それは極東の視点から見れば兄弟の争いです。
私はローマの創成を思い出します。
そして双方にとっての終末は、
むしろ遠退いてしまった感があります。
終末とは、やはり地上的終末などではあり得ないからです。

249 :ナナシノ:01/09/16 00:21
例えばの話だ。
ビルに飛行機で体当たりするイベントを「アート」と称したら、それはアートに
なるかもしれない。夥しい数の犠牲者を出す行為そのものが「アート」であると
うそぶくことも、不可能ではないかもしれない。本当に社会性が無い人間なら
そう言うかも知れない。そのとき、強度を持った反論を、僕は用意できるか?

それを「美しい」と感じてしまう感受性が自分の中にあるとするなら、それこそが
「野蛮」と呼ばれるココロなのだろう。自分が貪る「感性の謳歌」を根絶やしに
しなければならないと思った。

犠牲者。テロの犠牲者。連日報道される無数の事件の「犠牲者」。。
一体彼らは、何の「犠牲者」だったのか?僕達は彼らの犠牲から何を受け取ろう?

何かを受け取ること。多分それこそが社会のなかの人間としての義務なのだ。
僕はそこに自覚的な人間でなければならないと思った。アートとは、本来、他者と
死者から、何かを受け取ることだと改めて感じた。しかし受け取る力が自分にあるか?

この度の事件に、脱力感と絶望感を感じる。そして「祈り」というコトバを思う。
無力なる言葉。まるで「アート」のように無内容で無意味で、役立たずの言葉を。

250 :よこちん:01/09/16 02:33
イスラム教は厳格な一神教だそうですね。しかも、契約の宗教ではない。
雨が降っても槍が降っても神の思し召しというのは、一寸想像がつかない
世界です。過去の二つの宗教を補完して成立したのですね。完璧な宗教
なのでしょうか。ルバイヤートでは、どこか疲れた世界のようですが。

>「生命には生命,目には目,鼻には鼻,耳には耳,歯には歯,凡ての
傷害にも,(同様の)報復を。」しかしその報復を控えて許すならば,
それは自分の罪の償いとなる。アッラーが下されるものによって裁判
しない者は,不義を行う者である。

許す事を知っているのに・・・神は人の数だけいるのでしょうか。

アメリカは強者。強者の論理はスーパーマンの論理ですかね。子供の国。
自分の知らないものは価値がないものでしょうか。自国を束ねるためには
力を誇示しなければならないとしても。

>それを「美しい」と感じてしまう感受性が自分の中にあるとするなら

美しいものは美しいのだから仕方がないです。自分の感覚と道徳は無関係
ではないですか。もし私が飛行機に乗り合わせたら、おしっこちびって
泣き喚いて”感動”したでしょう・・・(w
人間はそういう風にしか生きていけないのでは?

251 :18-19:01/09/16 23:00
たとえば中国人が誇りにして然るべき史実として、
彼等は火薬を発明しながらも、
近代に至るまでの間、それを兵器に利用しようとはしなかった、
ということを知人から聴きました。
火薬は練丹術の成果であって、それ故、高い聖性を帯びており、
合理面での利用は通信に限られていたといいます。
そして花火は、その最終的な到達点になったのです。
彼等は駆け引きを好み、話術と狡智に長け、
しばしば貪欲な態度を好んで誇示します。
しかし本来、野蛮とは多少なりとも縁の遠い人々です。
テロルに関しては、ほぼ皆無です。
もっとも、彼等が編み出した処刑のあれこれについては、
恐るべきものがあります。
残虐の追求と、その洗練の極に達していたとも思われます。
しかし幼稚ではない。

ところで野蛮な精神は、いかなる「美しさ」にも関心を払いません。
山河にも、花鳥風月にも、流血にも、大惨事にすら、
見るべきものを見い出しません。

今日の野蛮は未曾有の危険を孕んでいる、とはいえないでしょうか?

252 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/16 23:20
何かかつての共産主義者の文化観を思い出すね。

253 :18-19:01/09/16 23:43
>252

いいえ。決してそのようなことは…
私は近代化された中国を問題にしません。
しかし近代中国には卑劣の要素が加わりました。
それは共産主義を経由して、
当地にもたらされたものと思われます。
卑劣とはあらゆる美的感覚の欠如であり、
野蛮と双璧を成すものです。
また付け加えるならば、野蛮とは線形の思考様式です。
回帰性の欠如と表現してもよいでしょう。
これらは近代精神の属性です。

254 :∝ .:01/09/16 23:45
http://pws.prserv.net/hosaka/shuji/osama/osama10.htm
オサーマの思想その他

255 :∝ . :01/09/16 23:59
>>253
別にあなたのことをいってるわけじゃないんだけど。
あ、252は俺。

256 :Duchamp:01/09/17 00:15
デュシャンはどうしたのよー

257 :ヒロ:01/09/17 00:26
アメリカ本土がヤラレタのは初めてですね。
すべて同じ偏った報道とスピード化は凄いですね、
NYの二度目の自爆テロはリアルタイムで見れることや、
繰り返しの映像のしつこさには考えさせられます。

それにしても、芸術となると国や文化の違いが問題となりません、
それより理解することが目的とさえなっているのに、
生活の違いや文化そして宗教となるとまったく交わらない。
どうして、芸術となると理解したがるのか不思議ですね。

258 :∝ . :01/09/17 02:56
そういえば亡命作家のナボコフはソビエトの文化理論を「俗物根性」
と結びつけて相当手厳しく非難してた。ナボコフの謂う「俗物」って
「野蛮」乃至「卑劣」の観念とも通じる部分があるのかも。

あと何か件のテロ事件と「映像」の残酷だったり、愚鈍だったりも
する反復のイメージって会田誠あたりが早晩ネタにしそう(::

259 :Duchamp:01/09/17 03:26
テロだろうが、戦争だろうが、チェスを続けるじょ。

260 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/17 22:43
>>246
ではあなたは、このテロ行為に対してアメリカはどうあるべきと考えているのか、具体的に教えてください。

261 :Duchamp:01/09/18 03:16
テロで大ガラスにさらにひび

262 :池田:01/09/18 03:31
仮定の話だけど日本がテロの攻撃受けたらどうあるべきなんだろうな?

263 :18-19:01/09/18 09:54
>260
今どうあるべきか、という問いに答えることは大変困難です。
私はその能力に欠けています。
事態はこの上なく深刻で、もはや後戻りは不可能ですから。

しかしどのようであれば良かったのか、ということならば、
中東への干渉を早々に止めるべきだったと考えます。
それは不可能だったでしょうか?
むろん不可能だったと思います。
アメリカとイスラエルの関係はあまりにも深い。
またエルサレムは二重の聖地であり、
しかもそこには現実の壁がある。
この問題はすでに政治の領域を越えています。

ところで、私が強い怒りを感じたことがひとつありました。
それは昨年のラマダンの月に起きた、
パレスチナに対するイスラエルの砲撃です。

ひとつの世界における最も神聖な期間を汚しておいて、
しかもそれを正義とする、
ユダヤとはそのような民族だったのか。
彼等は自らの苦しい伝統をも汚している。
その犯罪に加担したアメリカとは、
果して何なのだろうか?

などと、その事件当時は憤慨したものです。
ところで、私の知らないことがあります。
その後で、パレスチナはどのように報復を行ったのでしょうか?
それは報復の連鎖を生んだのでしょうか?
そして報復の対象が消滅するまで、
それは続くのでしょうか?

264 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/18 22:09
20年近くも昔のことであったろうか、池袋西武デパート内の西武美術館で、
マルセル=デュシャン展をみた。
私は理工学部の出来の悪い学生だった。美術のことなど分からない。
高校の教科書に、「階段を降りる裸体」とかいう作品が載っていたから、
デュシャンの名は知っていた。
ああ、白昼の悪夢だ、美とは何と恐ろしいものであるか。
呆然と館内をさまよっていると、十人近い外国人の集団が、観光名所を
制覇して廻るパックツアーの団体客のように、急ぎ足で入って来た。
作品はろくに見ず、大声ではしゃいでいた。他の客を押しのけるように、
「大ガラス」の実物大のレプリカの前に勢揃いし、記念写真を撮った。
御一行の露払いのような働きをしている日本人の男がおり、名札から
デパートの人間と知れた。
傍若無人ぶりを見かねて一人の客が、「館内は写真撮影禁止なのでは
ないですか」とそのデパート側の男に問うた。男は悪びれるどころか、
むしろ得々として、「マダム某はデュシャンさんの遠縁の方で、今回
ご協力をいただき」云々と説明したものだ……。
前衛の闘将は死に、俗物は栄える。若かった私も中年の域に差しかかったが、
今もときたまデュシャンの画集を取り出して眺めてみる。

265 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/18 22:10
▼あります▼
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hole/

266 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/18 22:47
40で2chかよ・・

267 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/18 23:29
わしゃ先月還暦だったがそれが何か?

268 :考芸人:01/09/19 01:09
脳髄に爬虫類の記憶を残し、現人類は何万年の知識を
そこに保存して、2001年を今の時間に共通の物として刻む。
20とか60とかのわずかの数の差など取るに足らない(^0^)
動物の脳、猿の脳の持つ力は、可能性ははかり知れない。
ましてやホモ・サピエンスの能力に於いておや。
馬鹿でも420mのビルを短時間で倒せる(^0〜)

その脳はホモ・サピエンスであるかぎり古代も現代も同じもの、
そこに進化はない。とすれば〜〜
古代バビロニアの天才が懐中電灯を発明していてもなんら不思議は無い。
そう出来なかったのは、時代の技術が懐中電灯を作る水準に達して
いなかったため。もし、時代の技術がそれを許しておればレオナルド・
ダ・ヴィンチは空にヘリコプターを飛ばしていたであろう(^0^)
もし、未来技術が彼の手に入れば、デュシャンは何を実現していたのか?
このスレで俺達が行なうのはバック・トウ・ザ・フューチャー(^0^)

269 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/19 02:27
ガイシュツかもしれないけど、「GQ」にデュシャンの記事がでてる。
「知性とユーモアでつねに周囲を魅了した男は、その予言的な前衛性をもって、今もなお男の憧れる男であり続けている。」だって。そうなの?

270 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/19 03:16
41だけど何か?

271 :18-19:01/09/19 22:59
>266
なるほど、ここには暗黙の年令制限があるのですね。
大変興味深い差別意識です。
つまり、ここでは同世代を除く人物の意見は無用である、
ないし、ここに参加する同世代以上の人物は不快である、
ということを仰りたいのでしょうか?
どのような価値基準をお持ちなのか判りかねますが、
私には、あなたのような賢い方にものを語る資格がありませんので、
高齢を恥じながら参加することに致します。
…いっそのこと、同世代以上を撲滅する運動を始められてはいかがですか?
武装など、結構お好きでしょう?

>268
同感です。
少なくとも一万年ほど前から、人類の賢さは同水準と思われます。
知と技の蓄積が現在をもたらしたと考えるべきです。
「我々は他人の足で歩く」



>269
そうだったのですか。
それは知りませんでした。
すると、デュシャンの仕事は憧れるべきものだったのですね。
そして、カクテル・パーティの伊達男こそが最高の人格、という訳ですね。
さすが「GQ」。すべてはスタイル、スタイルこそ人生のすべて。
人生最後の瞬間も、できればかっこよく決めたいものですな。
その予言的な前衛性をもって。

272 :ナナシノ:01/09/20 01:38
テロを受けた後のアメリカを見てると、まさに線的思考様式が疾走している
感があります。いくら元気なアメリカ人といえども、やっぱ戦争前には、ハタ
からみてて不気味なほどの「気合の入れ合い」を必要とするんだなー。
ジョンレノンの曲まで放送自粛リストに載せたってのが象徴的で、やはり
個人がモノを考えるってこと自体が、戦争には不都合なようです。

>>271
>すべてはスタイル、スタイルこそ人生のすべて。

別角度から見れば、案外重要な感覚かも。行き着くとこまで逝ったとき、
「たとえ殺されてもこの集団の仲間にはなりたくない。」と思える「美意識」を
持っていたいです。きゃーきゃー群れてるより自閉症の方がマシって感じ。

273 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/20 14:05
敬老の日に記念品とやらを戴いたが、それが何か?

274 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/20 14:10
>>271
君、着々と電波路線を歩みつつあるよ。
他のスレでレスがつかなかったら、電波リスト入りしてるってことだよ。

275 :考芸人:01/09/20 19:45
>>274
電波路線との言葉で直ぐに思い出したのはアメリカのロック・グループ
「テスラ」。昔、そのジャケットの写真が面白かったので一枚買った。
あれはロシヤ、アヴァンギャルドの写真家ロドチェンコのものであると思う。
一人大きく電波少年が初期型アンテナ付きのラジオ、あるいは無線機を
両耳のレシーバーで聞いている。聞いているのは未来からの声(^0^)
希望の革命に勝利し、科学に夢見ていた少年。こちらからの声が彼に聞こえ
ていたに違い無い(?)だが、直ぐにその声は暴力につぶされた!

276 :∝.:01/09/20 23:04
http://www.geocities.com/TheTropics/paradise/1366/page_caroliner1.html

電波なバンドったらやっぱりキャロライナーがいちばん有名だろう。

277 :わたしはダリ?名無しさん?:01/09/26 00:26
ススム・ヨコタのMixのジャケ、マルセル・デュシャン?

278 :MARIA:01/09/29 02:04
デュシャンの「落下する水、照明用ガスが与えられたとしたら」が好きです

279 :光芸人:01/09/30 15:32
それは壮大な挿入だった。

今日、夕焼けに美しい神々の遊戯を見た。西上方、向こう側から銀色の
ヴァギナがゆっくりとこちらに流れ来た。その真中で一直線に裂けた
割れ目から八の形で何枚もの襞が左右に広がり、雲塊の先端はΩ。
下方からは金色の長い棒状の輝く雲が頭頂部を光らせ長楕円の中心部に
向かって昇り、突き上げながら白色の糸を無条に引き音も無く振動した。
数キロに及ぶであろうヴァギナが滑るように私の頭上に迫って来ると、
次第次第に天の深みに溶け込んで行き、取り残された円柱が増々その
輝きを増して私の前方に聳え立った。

デュシャンがガラス面に精子の霊を地上から天の女に吹き上げる
次元を超えた運動エネルギーとして浮び上がらせ、

ミースはこの地上、シカゴ近郊の林の中、湖辺に浮ぶ完全に透明な
ガラスの箱に女を閉じ込め、桃色の裸身が欲望に身悶えする姿を
人々に望見させる。

ああ、如何にも彼等は男であった。彼等は神々の喜びを知っていた。
小さな物をひっくり返しては叉起き上がってくるのをまた押し倒す
遊戯を(^0^)

そして、私の頭上、戯れの終わった空に一筋、鳥類の非常に長い翼が
その羽毛を風に靡かせて、ピンク色に染められ、象嵌されていた。
私はその羽根ペンを取ってここに私の感慨を今記した。  
  
   2001.09.27  光芸人


それでは、私もここですこし休みを取らせて頂きます。
このスレが続いておればまた何時か寄せて頂きますので、
それまで皆さんお元気で(^0^)

280 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/19 07:21
誰か、デュシャンの作品落とせるとこ、知らない?

281 :わたしはダリ?名無しさん?:01/10/21 14:03
何か難しいことばっか言ってて途中で読むの止めたんだけど……
デュシャンの作品はあの形を純粋に楽しんじゃいけないのか?
別に彼のスタンスがどうだとかこうだとか
作品そのものには何にも関係ないような気がするんだが。

282 :∝.:01/10/21 23:15
いいんじゃねえの。楽しめるんだったら何でも。

283 :ぽぽ:01/10/22 06:53
だれもいないところに世界一美しい花がさいている、、咲いている、、、誰もその美しさをしることはできない、、

作品は美術館に引き篭るべきではない

284 :わたしはダリ?名無しさん?:01/11/28 01:57
>281
それもアリ。
>282
それもアリ。
>279
キモいけどそれもアリなんじゃない?
本人が死んでも、これだけ盛り上がれるデュシャンはそれだけで、アリなんじゃない?
訳解らんからこんだけの言葉がでてくるんだし。
モノに対しての理由をつけ過ぎなんじゃないの?
作品に対してアレコレ理由をつけて自分がいいように納得したいでけでしょ?
それと
>283
作品は美術館に引き篭るべきではない
ってじゃあ、「1.落ちる水....」は、どこに置けっていうの?

285 :わたしはダリ?名無しさん?:01/11/28 03:34
    / ̄ ̄\
   /  / )
     / θ
  P( θ ノ)  <難しいのは嫌い…ピュアなアートが好き!         
  P Q  /    
   j j
    ノ∪ \
     ̄∪∪ ̄  

286 :パーマネント・グリーン・ライト:01/12/08 15:41
昨日、東京大学で「眞贋のはざま〜デュシャンから遺伝子まで」
(11/9まで・無料)というのにいってきた。
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/real/#exhibition
東大の多岐にわたる所蔵物を中心に複製・復刻・再制作・偽造・捏造・復元
・模倣などについていろいろな角度から探ってゆく展示。
絵画、彫刻、版画などの美術品や、出版物、写真、土器や石器、医学用模型
や昆虫標本まで、展示物は実にさまざま。

でっ、会場入ってすぐにデュシャンの「大ガラス」がでででーんとある。
もちろんフィラデルフィアのではない。ストックホルム、ロンドンに次ぐ
第三のレプリカ、「東京バージョン」である。
(1980年作なので>>264で見ているのはこれなんでしょうね。)
上半分は偶然性によって構成されているため、オリジナルに忠実に
制作されたが、下半分は、「グリーンボックス」から生み出された
デュシャンの思考の追体験によるもの。東大とタマビの合作で、瀧口修造と、
東野芳明が監修にあたった。
(これは、芸大・美大や美術館ではなく、「東大」の持ち物、というのは面白くない?)
無料だし、一見の価値ありでは?と思うんだけど・・・明日で終わっちゃうんだな。
(赤門くぐってすぐ右に進んで突き当たったところの建物です。)
赤瀬川原平の「模造千円札事件」の資料や「上高森遺跡」の捏造の際
使われた石器のレプリカ、富岡鉄斎のあい剥ぎ上下二枚セットでの展示など
も見られる。
個人的には、ずーっと疑問に思ってたプレインカの鐙型土器の生成プロセス
がわっかったこともありかなり満足の展示でした。

287 :わたしはダリ?名無しさん?:01/12/08 15:51
「彼女の婚約者たちに、、」が好きです。
じぶんの中に湧いてくる意味を、多少滅裂でもしっかりと観察して
表現するセンスは秀逸。
昔は意味不明アートでしたが、絵のアルゴリズムに興味のある最近では
とても興味深い作品ならびに作家です。

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